第7話 フンチラ
「……うっぷ、気持ち悪い」
完全に食べすぎた。
次の百鬼夜行に向けて、新刊の原稿を一つ仕上げた私。
執筆中はついつい夢中になって、朝になってたり、ご飯を食べるのも忘れることがあるから、一段落して爆睡したあと、いっぱい食べたのが悪かったみたい。
食べすぎで、何度も吐きそうになっていた。
「大丈夫ですか、奥様……」
「大丈夫よ、白玉……そのうち良くなるわ……うぷっ」
白玉は心配そうに私の背中を撫でてくれたし、黒蜜はお水を持って来てくれた。
本当に、猫又たちは私によくしてくれる。
知り合いの誰もいないこの妖怪の里に来て、寂しい思いをしないのはこの子たちのおかげね。
私は二周目で高校生になった時、マンチカンの麦丸を飼い始めた。
二周目の私が三十歳の時に死んでしまったけど、三周目の今、麦丸は実家で可愛がられている。
きっと、二周目の時より長生きしてくれると思う。
犬は嫌いじゃないけど、完全に猫派だからこの子たちが可愛くて仕方がない。
妖怪だから、私よりきっとずっと年上なんだろうけど、猫耳と尻尾二本がついていて、見た目は人間でいいと十歳とかそれくらいの年齢に見えるから、ついつい子供を相手にしているような感覚になってしまう。
白玉は頭を撫でると、嬉しそうにふやっとした顔になるのが可愛い。
「もう、奥様くすぐったいです」
「奥様は、猫の扱いに慣れてますよね……」
羨ましそうに黒蜜がそう言ったから、黒蜜の頭も撫でてあげると、嬉しそうにふにゃっとした顔になった。
二人とも可愛い。
ちょっと吐き気が治った気がする。
「実家で猫を飼っているからね。そういえば、あなたたちは元はどこかの飼い猫だったんでしょう?」
猫又は、長く生きた猫の姿だと聞いたことがある。
白玉も黒蜜も、ご主人様がいたはずなのに、どうしてこの屋敷にいるんだろう?
「私と黒蜜は、まだ人間だった頃、ご主人様同士がその……決して結ばれない関係でして……」
「決して結ばれない……?」
「昭和初期の頃です。当時のご主人様は華族ってやつでした。でも……その、ご主人様のお父様がとても仲が悪くてですね……ある意味敵同士のお家だったんです。それでも、逢瀬を重ねて、男色だとバレてしまって……二人で心中を」
それは当時の切ない恋の話だった。
白玉と黒蜜はそれぞれ違う家の飼い猫だった。
ご主人様は華族の息子同士で恋に落ちもちろん家族からは大反対される。
結局、二人で駆け落ちの末、心中。
白玉と黒蜜は二人が身投げした冷たい海の中に飛び込んで助けようとしたけれど、その時一緒に猫としての生涯を終えて、猫又の妖怪になったのだとか。
同時にご主人様を失った白玉と黒蜜は、しばらく海の近くの街をさまよっていたところで、旦那様に拾われたらしい。
「黒蜜の前のご主人様は、とっても綺麗なお顔で……少し今のご主人様にお顔が似ていました。なので、私は奥様が描かれたあのBL漫画を読むと、当時のことを思い出すのです」
「私も……! なんだか、前のご主人様たちが幸せに暮らしているのをみているようで……。白玉の前のご主人様は、事あるごとに人目を盗んで口づけしたり、触れたりするのがお好きな方でしたから、こう、なんというか、その時のことを思い出して、幸せな気分になります」
私は白玉と黒蜜から当時のご主人様たちがどんなプレイをしていたのか、聞き出して、2作目に活かすことにした。
*
「————茜? これは一体なんだ?」
「え? 見てわかりません? メイド服とセーラ服です。どっちがいいですか? あ、チャイナドレスもありますけど……」
「いや、それはわかるんだ。見たことはある。そうじゃなくて、どうしてそれがここに置いてあるんだ?」
一反木綿のお花ちゃんに頼んで、私はコスプレ衣装(男性ザイズ)を買ってきた。
メイク道具も一式。
「黒蜜と白玉の前のご主人たちが、よくこうして遊んでいたんですって……」
「こうして……? 二人でこれに着替えるのか……?」
「まさか! 受けだけですよ!! 攻めに女装させたら百合になっちゃうじゃないですか!!」
「ゆ……百合?」
女装男子は、当時もとっても需要があったらしい。
黒蜜の前のご主人は、よく女物の服を着せられていたらしい。
結局、最後は全部脱がされていたから、意味があるのかないのかわからなかったけど……
「ほら、どれにします? 着替えたら、写真撮りますからね。資料にするので」
「し……資料? なんの?」
「漫画のに決まっているじゃないですか。いろんなポーズ、体勢で撮りますからね!」
ここはネットが使えないから、ほとんど使っていない私のスマホ。
でも、カメラとしては超高画質。
これで作画のいい見本になるわ。
「いろんな体勢……?」
旦那様は終始首を傾げていて、まったく訳がわかっていないようだった。
ずっと頭の周りに疑問符が浮いている。
とにかく着替えさせると、思いの外セーラー服のスカートが短かった。
旦那様、脚長いわね。
「あ、これじゃぁ
スカートの裾から、チラチラと赤い褌が見え隠れする。
「いや、これはこれで、アリじゃないですか? 奥様」
「そうですよ、前のご主人もこうしてよく遊んでました」
白玉と黒蜜は、当時のことを思い出したのかにこやかに笑っていた。
やっぱり、実際にその様子を見てきた又猫の言葉は参考になるわ。
「え? なんの話だ?」
旦那様はやっぱり訳がわかっていなかったけど、一切説明をしないで、私は女装した旦那様の姿をありとあらゆる角度から撮りまくった。
そして、完成した2本目のネームをたまたま目にした旦那様は、顔を真っ赤にして怒っていた。
「茜!! お前……!!」
「あ、見てしまったのですね」
「なんでこうなった!? これじゃぁ、俺に女装趣味があるとまた誤解されるじゃぁないか!」
「ごめんなさい……でも、そんなに怒らないで、旦那様。お腹の子に悪いわ」
「え……? お腹の子……?」
「私、妊娠しました」
あぁ、どうしよう。
人生三周目だけど、妊娠したのは初めて。
それも、妖怪の子供を————
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