第6話 芋けんぴ
半年に一度の百鬼夜行。
次の百鬼夜行までに、私は新刊を最低でも3冊書く予定でいた。
「キャーッ! いいですわ! ろくろ首との禁断の口づけ!! まさか首で抱きしめて、そのままやっちゃうなんて!!」
「あら、
まだネームだけなのだけど、遊びに来たお菊さんとお岩さんからベタ褒めされて、私はとても気分が良かった。
「ふふふありがとう。新しいトーンとペンを買ったから、完成原稿は前よりもっといいものになるはずよ」
トーンがないから手書きしてた分の時間が短縮されるし、トレース台があるから作業もしやすいわ!
昨日も久しぶりのトーン削りが楽しくて、気づいたらそのまま寝てたのよねぇ。
よだれで原稿用紙汚さなくて本当によかった。
「ところで、奥様、この芋けんぴ……こんな高級そうなものいただいていいの?」
「ええ、いいのよ。みんな私のために集まってくれたんだから、そのお礼よ。気にしないで、好きなだけ持っていって」
私は集まってくれた妖怪たちにお礼がしたくて、改めてあの画材屋が入ってるデパートに行って来たの。
さつまいもフェアが最終日だったから、残ってた高級芋けんぴを全部買い占めて、みんなに配っていた。
妖怪たちはみんな芋けんぴが好きみたいで、とても喜んでくれている。
「ありがとう、奥様。それでね……実は私たち、奥様にお願いがあって」
「お願い……?」
お菊さんとお岩さんは、急に改まって、二人して頭を下げる。
「私たちを、あなたの弟子にして欲しいの!!」
「で……弟子? 一体、なんの?」
私、別に誰かに教えられるようなことは特にないんだけど……
「漫画よ!!」
「私たちも描きたいの!! あなたのように、びーえるってやつを!!」
「え、えええっ!?」
予想外のお願いに、私はびっくりするしかなかった。
でも、お菊さんもお岩さんも真剣みたいで……
「ぬらりひょん様総受けももちろんいいのだけど、私、実は三太さん総受けが描きたくて……」
「さ、三太って、うちのあの猫又!?」
「そう、だって、三太さんてすごく素敵じゃない? 普段ツンツンしてるけど、実は……みたいな……きゃーっちょっと、やだぁ、言っちゃったぁ」
お菊さんは自分で言いながら、顔を真っ赤にして照れまくっている。
うん、うん、わかるわ。
その気持ち。
めっちゃわかる。
「私もね、実はぬりかべと海坊主の切ない恋愛模様を描いてみたくて……お二方とも男らしいじゃない? だからこそ、男同士の禁断の愛というか、友情というか……そういうものがいいかなって……」
ふむふむ、お岩さんはガチムチ系がいいのね。
なるほどなるほど。
「どうかしら……? 私たち、漫画は描いたことがないから、ぜひあなたの下で学ばせて欲しいの」
私は深く頷いた。
「その思い、確かに受け取ったわ。師匠だなんて、そんな大それたものにはなれないけれど、私でよかったらいくらでも教えるわ! みんなで最高のBL漫画を作りましょう!!」
*
「————と、いうことが決まりまして、しばらくお菊さんとお岩さんがうちに出入りすることになるんですが、いいですよね?」
あれからいくらか早く家に帰って来るようになった旦那様に、夕食の際私がそのことを話すと、旦那様はお茶を吹き出した。
「いやいやいや!! 人を呼ぶことは構わないけど、その理由はなんだ!? お菊もお岩も、茜と同じようにあの、いやらしい男色本を描くのか!?」
「男色本じゃないです、BLです」
「どっちも同じだろうが!!」
「違います。男色は男同士ならなんでもいいですが、BLはボーイズラブです。イケメンに限ります。あ、でも攻めがモブだったらイケメンじゃなくてもいいのか……うん、今度はモブ攻めでいこうかしら」
「……え?」
「あ、いいえ、失礼しました。とにかくですね……」
私は一つ咳払いをして、改て言い直した。
「その内容がどんなものであれ、何かを作りたい、描きたいと思う気持ちは尊重すべきだと思うのです。だからこそ、私は彼女たちに私の技術を惜しみなく教えて、そして、私も彼女たちの描いたBLが読みたい。萌えを摂取し続けたい。あの尊さを分かち合いたいんです!!」
「……わかった。わかった。好きにしていい。でも、頼む、これだけは約束してくれ」
「なんですか?」
旦那様は吹きこぼしたお茶を拭きながら、不機嫌そうに言う。
「最近、お前が描いた漫画のせいか、河童が俺を切なそうな目で見つめているんだ。俺にそんな趣味はないと、何度も言っているんだが、まるで聞き入れてくれないで、本当に貞操の危機を感じた」
「あら、そんなことが……? 具体的には、なにを?」
「何をって……急に後ろから抱きつかれて、股間をま——……おい、なんで紙とペンを持ってるんだ! 漫画に書く気か!?」
「バレましたか……」
「バレましたかじゃない。いいから、俺の話を聞け」
ちっ、実体験なんていいネタなのに。
「……これは多分、俺たち夫婦の間にまだ子供がいないせいだと思うんだ。子供ができれば、きっと河童も天狗もあんなのは作り話だと納得してくれると思うんだ」
「……天狗も? 今、天狗もって言いました? 旦那様、天狗にも何かされたんですか?」
「ち、違う!!」
あ、顔が真っ赤になった。
何かされたのね。
可愛い。
「とにかく!! 俺が言いたいのは、まだ早いとは思っていたが……子供を作ろう」
「へ……っ!? なんですか、いきなり!」
あまりに急なお誘いに、流石の私も面を食らって顔が真っ赤になってしまう。
ちょっともう、やだ、そんなはっきりと、子作りしようだなんて……っ!!
今まで、ろくに家に帰っても来なかったくせに……っ!!
「……————嫌か?」
「い、いやじゃ、ないですけどぉ……」
旦那様が、私に手を伸ばしてぐっと近づいて来る。
急に顔が近い!!
「な、なんですか!?」
「いいから、じっとしてろ……」
まさか、今ここで、このままキス!?
ちょっと、待って!!
心の準備が……!!
旦那様の手が、髪に触れる。
「スクリーントーン、髪についてるぞ」
「…………芋けんぴじゃなくて?」
「芋けんぴ?」
旦那様はポカンとした顔になった。
本当に私の髪にトーンがついていたみたいで、その指にトーンの切れ端がつままれている。
なぜ芋けんぴは、旦那様には多分一生わからない。
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