第5話 魑魅魍魎、跳梁跋扈♡跋扈♡
「さぁ、奥様。こちらを……」
「これは……何?」
その日の夜、白玉に渡されたのは渦が二つ描かれた和紙。
多分、小豆洗いが趣味で作ってるやつだ。
ちょっと、甘い匂いがする。
「こちらを、お顔の前に当ててみてください。渦の部分が目の前に来るように……とっても楽しいものが見えますよ?」
言われた通り、私はその紙を顔の前に当ててみた。
すると、不思議なことに別世界が広がっている。
この屋敷の中じゃない。
どこかの交通量がそれなりにある道路を上から見下ろしているような感じだった。
そのまま首を動かせば、見えている世界の中でも同じように動く。
「何これ、すごい。VRみたい」
「ぶいあーる???」
「あぁ、ごめんごめん、知らないわよね。気にしないで」
ネットもテレビもないんだから、白玉がVRなんて知っているはずないわよね。
「それで、これは何なの?」
「はい、これはフクロウの視界を共有しているのです。これから楽しい楽しい催し物が始まるのですが、ご主人様の指示で奥様がその場にいるのは危険だからと、ご主人が特別に陰陽師に作らせたものです」
「おん……陰陽師!?」
待って、陰陽師って妖怪からしたら敵じゃないの?
あ、でも、アニメや漫画でも使役したりしてるから、そういうわけでもない……か?
実際の妖怪との関わりはよくわからないけど、とにかく白玉の話じゃぁ、これから面白い事が起こるから見ていて欲しいと言われた。
もしかして、今朝、玄関先で旦那様と猫又達が話していたことかなぁと、そう思っていると、フクロウの視界が、一人の男の姿を捉える。
霧島将吾だ。
私はまた、体が震えてしまう。
怖い。
「大丈夫です、奥様。奥様は遠くから見ているだけです。ご安心ください」
白玉は私を気遣ってくれて、ずっと手を握っていてくれた。
「まもなく始まります。存分にお楽しみください」
◆ ◆ ◆
フクロウの目は、夜道を一人歩くあいつを見ている。
居酒屋から出て、フラフラの千鳥足。
私がいない三周目のこの世界でも、やっぱりクズはクズだった。
エレベーターに一緒に乗っていたギャルとは違う、真っ黒な髪が長くて、地味で暗そうな女のマンションに入って行く。
まるで、二周目の私を見てるようだった。
女は眠っていたのに、電気を煌々とつけられて無理やり起こされた。
私も遅くまで働いて、疲れているのに毎晩これをやられて、どれだけ疲弊したことか……
「おい、金は? 今日給料日だろ? お前の口座、振り込まれてなかったぞ」
「……今日、祝日でしょ……銀行休み……だから、明日よ」
「はぁ!? ふざけんなよ!」
あいつは女の頬を殴った。
女の顔がくるくると横回転して、首から上がなくなった。
「えっ……!?」
その時、電気がチカチカと点滅する。
首から上がない女の体。
畳の上に転がっているある長い髪の女の顔から、声がする。
「痛いじゃない……ひどいわぁ」
「ひっ……!」
あいつは短く悲鳴をあげて、逃げようとした。
でも、女の頭が飛んでくる。
そして、あいつの目の前でニヤリと不敵な笑みを浮かべている。
「うわああああああっ!!」
叫び声をあげながら部屋から逃げだしたあいつを、女の顔が追いかける。
その後ろを首から下の体が追いかける。
「来るな!! 来るなっ!!」
逃げ込んだ路地の先は、行き止まり。
女の顔、首から上がない体、その更に後ろからぞくぞくと列をなして現れた
「やめろ……っ!! やめてくれ……!!」
取り囲まれ、踏みつけられて……
山のような塊になって、蠢いた。
フクロウの目からでは、この山の下で何が起きているか見えなかった。
けれど、そこへ現れた旦那様がパンと手を叩くと、いっせいに魑魅魍魎たちは、別々の方向に散っていった。
しばし街中を
路上に残った残骸を、野良猫が噛みちぎり、吐き捨てる。
あいつは裸にされて、全ての穴という穴から何か奇妙な液体を垂れ流して、多分死んだ。
◆ ◆ ◆
「うふふふ、どうでした? 楽しかったでしょう? 奥様」
「ええ、ものすごく楽しかったわ!!」
私のずっと心の奥にあったモヤモヤが、すっと消えたような気がした。
紙を外すと、私はすぐにネームを描き始める。
モヤモヤが消えたせいか、その反動で湧き上がる創作意欲。
ネームが完成してら嬉しくなって、帰って来た旦那様に見せてあげた。
「……茜、さっきのアレを見ていたんだよな?」
「はい! 旦那様のおかげで、とてもスカッとしました! ありがとうございます!」
「見てたのに……どうして、こうなった!?」
「え……? ダメですか? 『魑魅魍魎、跳梁
「いや、だから…………なんで、俺が百匹の妖怪に同時に犯されているのかと聞いているんだ!?」
「え、だって、楽しいから。先に読んだ白玉と黒蜜なんて、涙流しながら感動した!って褒めてくれましたよ?」
お菊さんとお岩さんにも見せてあげなくちゃ……!!
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