第4話 二周目の男



 二周目の人生、あいつに出会ったのは大学生の頃だった。

 バスや電車では、お年寄りに席を必ず譲って、困っている人がいるとすぐに助けに行くような人で……

 絵に描いたように親切な人だった。

 人当たりも良くて、背が高くて、顔もそこそこイケメンで……

 雨の日に私に傘を渡して、濡れながら走っていった姿にキュンときて、気づいたら好きになっていた。


 でも、私と付き合い始めて数ヶ月後、あいつが捨て猫を拾って、ペット禁止のマンションを追い出されたのがきっかけで、一人暮らしをしていた私の部屋で一緒に暮らし始めると、人が変わったようになった。

 特に、お酒を飲んだ後がひどい。

 気が大きくなって、何度も怒鳴られて、殴られて……

 それでも、お酒が抜けるといつも通りの親切な人に戻る。

 子供の頃に、親に虐待されていたって聞いていたから、私はきっとその反動なんだと思っていた。

 お酒さえ飲まなければ、優しくていい男だった。


 でも、いつの間にか、私が親からもらっていた仕送りは全部あいつに取られた。

 私は必死にバイトをして、卒業後はとにかく手取りの良さそうなところに就職。

 職種にこだわりはなかったけど、今じゃ結構有名なブラック企業だった。

 あいつは大手広告代理店に就職したけど、行ったのは最初の三ヶ月だけ。

 働きもせず、パチンコと競馬と競輪しかしてない。


 家にいても家事も一切しないし、拾った猫の世話もしなくなって……

 それどころか、私が実家から連れてきたマンチカンの麦丸むぎまるを死なせたのは、あいつだった。

 これには流石に今まで耐えた来た私も限界だった。

 出ていけって叫んだら、殴られた。


「俺に口答えするな」

「女のくせに生意気だ」

「お前が役立たずだから、教育してやったのに」

「お前みたいなブス、誰が相手にするかよ」


 罵倒されて、殴られて、蹴られて、踏みつけられて……

 気づいたら三周目の人生か始まっていた。

 生まれたばかりの私に戻っていた。


 二度と会いたくなくて、三周目の人生では実家から通える距離の大学に入ったのに……こんな所で会うなんて……————



「————……あ、奥様! お気づきになられましたか!?」

「え……?」


 気がつくと、私の顔を白玉と黒蜜が心配そうに見つめている。

 その奥に、屋敷の天井が見えて、自分が眠っていたことに気がついた。


「私……どうして、ここに……?」


 いつ、帰ってきた?

 っていうか、どこからが夢?


「よかった。黒蜜、ご主人様をお呼びしてきてください」

「わかったわ!」


 黒蜜がバタバタと足音を立てて遠ざかって行った。


「心配したのですよ。急に奥様がエレベーターの中でお倒れになったと聞いて……ご主人様が急ぎ輪入道タクシーを呼んだんです。今お医者様を待っていたところで……」

「医者……?」


 妖怪にも医者がいるんだ。

 知らなかった。


「ところが全然お越しになられないから、今、ご主人様が怒って玄関先に出たところだったのです。お体に何か違和感があるところはありませんか? どこか痛いとか」

「大丈夫よ。多分、ただの過呼吸だと思うから」


 もう二十年以上も前のことなのに……

 私はまだ、あの時のことを忘れられていないのね……


「————茜!」

「あ、旦那様……」

「よかった。目を覚ましたんだな!」


 旦那様は部屋に飛び込んで来るなり、私を抱きしめた。

 そして、泣いてる。


「旦那様、どうしたんですか? どうして泣いているんですか?」

「お前が心配だったんだ。急に呼吸が荒くなって、動かなくなったから……死んでしまったのかと」

「過呼吸じゃ、人は死にませんよ」


 なんだか子供みたいだと思った。

 私よりはるかに背も高くて、肩幅も広くて、年だって妖怪だからかなり上のはずなのに……


「一体、何があったんだ?」

「……それは————」


 話していいのだろうか?

 私が人生三周目であること、二周目の私の最期……


「茜が話したくないのなら、無理に話せとは言わないが……今日みたいに急に倒れたりしないでくれ。俺はお前に死なれたら困る」

「どうして……?」


 私一人死んだところで、一体何が困るというのかわからない。

 タイムリープしているということ以外は、いたって普通の人間なのに。


「そんなの、お前が俺の嫁だからに決まっているだろう? 愛する者に先立たれるのがどんなに辛いか……」


 先立たれる辛さは、私、知らないや。

 最初の人生も、二周目の人生も、私は大切な人を亡くしたことがない。

 私の方が先に死んでしまうから。

 ……ああ、でも、麦丸が死んだ時は、確かに悲しかった。


「……————旦那様、聞いてくださいますか?」


 私は、旦那様に全てを話すことにした。


 実はこの人生が、三周目であること。

 二周目の人生で、私がどれだけ酷い目にあってきたか……


 旦那様は、何も言わずにうなづきながら私の話を全部聞いてくれて、その日は、朝までずっと私が眠るまで旦那様がそばにいてくれた。


 そして、翌日。


「ご主人様、お待ちください! こんなに朝早くから、一体どこへ行かれるのですか!?」


 黒蜜の声が聞こえて、私は目が覚めた。

 声のした方に歩いて行くと、玄関先で黒蜜、白玉、それからもう1匹の猫又————おそらく三太と、旦那様が何かもめている。

 とても近づけるような雰囲気じゃなくて、私は壁に隠れてそっと聞き耳をたてる。


「決まってるだろう? あの霧島とかいう人間、ぶっ殺しに行ってくる! 茜に酷いことをした人間だ。許しておけるか!」

「そういうことでしたら、何も今行くことはないでしょう」

「どういうことだ? 三太」

「行くなら今夜、皆を連れて行きましょう。奥様のためなら、妖怪100匹、すぐに集まります。どうせなら、最強の恐怖を味あわせて殺しましょう」

「……そうだな。よし、そうしよう」


 なんだか、すごいことになりそうな予感……!!



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