第3話 原稿用紙は何枚あったっていい


 この家には使用妖怪が何匹かいる。

 猫又は白玉、黒蜜くろみつ

 私はまだ会ったことがないけど、もう一匹三太さんたっていう三毛猫の猫又もいるらしい。

 わかりやすくいうと、白玉と黒蜜はメイドさんで、三太は執事。

 尻尾の数が多いほど、猫又としての位が高いのだとか。


 人里への移動は、基本的に一反木綿の上に乗る。

 一反木綿は双子の兄妹らしく、私が出かけるときは妹のおはなちゃんが背中に乗せてくれた。

 今日は初めて旦那様と出かけることになって、兄の龍太郎りゅうたろうくんの上に旦那様と二人乗りをさせてもらっている。

 お花ちゃんはとてもよく喋る子で、道中まったく退屈しなかったのだけど、兄の龍太郎くんは、「はい」しか言わないとても無口なシャイボーイだった。

 だからこそ、むっつりスケベキャラとして、ぬらりひょんを襲わせたわ。


「茜、もうすぐそのスクリーントーンとかいうものが売ってる画材屋に着くが……他はいいのか?」

「大丈夫です。ここはなんでも揃ってるので!」


 私たちがついたのは、二週目の人生でよく通っていた画材屋さん。

 七階建てのデパートのテナントとして入っているんだけど、ここがどこの店より品揃えがいいの。

 トーンの種類も豊富だじ、一番近くの文房具屋さんじゃ手に入らなかったつけペンとトレース台も手に入れたわ。

 シグノの0.5と0.38だけじゃ、一発であの力強い線が引けないから、やっぱりアナログはつけペンに限るのよ。

 それに、原稿用紙。

 やっぱり漫画専用の枠線が薄く入ったケント紙の方が、書きごごちもいい。


「こんなに紙を買ってどうする気だ? 紙なら小豆洗いが作った和紙の方が丈夫だぞ?」

「旦那様、確かに和紙も素敵ですけど……同人誌を書くにはちょっと紙にペン先が引っかかりすぎるし、インクも滲みすぎちゃいます。これが一番いいんです」


 ああ、やっぱり画材屋さんってテンション上がるわぁ。

 気づいたらカゴいっぱいに原稿用紙とトーン、それからインクにホワイト、雲型定規、カッターの替え刃も手に入れた。

 うん、これだけあればいくらでも書けるわね。


「ふふふふふ……」

「茜? どうして急に笑ってるんだ……?」

「あ、いいえ、なんでもありません。嬉しくてつい……」

「また変な想像とかしてないだろうな?」

「してませんよ。次は管狐くだぎつねを何匹出入りさせようかとか思っただけです」

「…………どこに?」

「ふふふふふふふふふふふふふふふ」


 ああ楽しい。

 真っ青になってる旦那様の顔、面白いわ。



 会計が終わって、荷物を袋詰めしていると旦那様が一枚のポスターを指差した。


「茜、地下で『さつま芋フェア』とかいうのをやっているみたいだぞ?」

「旦那様、さつま芋お好きなんですか?」

「ああ。俺もそうだが、特に猫又たちの好物でな。秋になると庭で焼き芋をしたり、あとは油で揚げたりして、よく食べているぞ」

「そうなんですね、じゃぁ、お土産に買っていきましょう」


 猫又さんたちにはいつもお世話になっているし……

 そう思って、地下でやってるさつま芋フェアに行くことにした。

 買った画材は量が多いから、先に龍太郎くんが屋敷に運んで、また戻って来るらしい。

 屋上で龍太郎くんを見送ったあと、エレベーターで地下に降りた。


 エレベーターの中にも、さつま芋フェアのポスターが貼られている。

 スイートポテトやさつま芋チップス、芋けんぴ、モンブランやパフェなどなど、美味しそうな写真が並んでいた。


「すごい、みんな写真だけでも美味しそうですね」

「そうだな。このさつま芋餡入りの大福なんて、お茶によく合いそうだ」


 旦那様は全然家に帰ってこなくて、ほとんど会えもしなかったけど、今こうして二人で出かけていることが少し不思議に思える。

 夫婦なんだから、これが普通なのよ。

 それに、これって、デートじゃない?


 それに、全然意識してなかったけど、いつの間にか手を握られている。

 旦那様って、もしかして結構な人たらしなんじゃないかと思えてきた。

 ああ、でも、ぬらりひょんって、いつの間にか他人の家に上がり込んで、馴染んでそこにいるのが普通だと思えてしまう不思議な妖怪なのよね。

 そういう存在、だからなのかな?


「————あはは、マジそれ? やばっ」


 エレベーターが屋上から三階についた時、別の客が二人乗ってきた。

 一人は金髪の見るからにギャルで、もう一人はどこかで見覚えのある背の高い若い男。

 私と旦那様はエレベーターの真ん中に乗っていたから、少し後ろに下がった。


「だから俺その時言ってやったんだよ。さっさと金持ってこいって。あいつ実家が金持ちのくせして、しぶりやがって……」


 初めは気づかなかった。

 でも、声でわかった。


 後から乗ってきたこの男、あいつだ。

 二周目の人生で、私を殺した男————霧島きりしま将吾しょうごだ。


 そう認識した瞬間、体が急に動かなくなった。

 もうあれから二十年以上経っていて、今は三周目の人生なのに……

 同じ大学に行かなかったから、もう二度と、出会うこともないと思っていたのに……


「……茜? どうした? 手が震えているぞ?」


 旦那様は心配そうに私の顔を見つめる。

 ギャルと将吾は一階に着くと、エレベーターから出ていった。

 それでも、私はまだ、怖くて……————


「茜?」

「…………っ」


 声が出ない。

 息が、うまくできない。

 どうしよう————





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