第2話 旦那様、落ち着いて
こちとら、三周目の人生なのよ。
二周目の時のように、暴力を振るわれたわけではない。
でも、結婚したら放置って、そりゃぁないでしょう?
それに、本当にものすごく暇だった。
実は一周目と二周目の人生の途中まで、私の夢は漫画家になる事。
美術部だったこともあるし、三周目だから画力も一周目より遥かにあるの。
イケメンを描けるこの画力、使わずにいるなんてもったいないでしょう?
ただ、残念な事にストーリーがね……
二周目の高校生の時、何度か31ページの短編を出版社の新人賞に送ってみたけど、ストーリーがあまり評価されなかったのよ。
プロの漫画家としてデビューさせるには、そこが今ひとつだって……
キャラクター設定もあまり……って。
私と同じ人生二周目の主人公の話だったんだけど、ありきたりだって言われて、三周目の人生では漫画家じゃなくて、イラストレーターを目指そうと思ってた。
でもそれだけでは食べていけないかもしれないから、大学に通いながら……
イラストレーターなら、結婚してもフリーランスで行けるかなって……
まぁ、ここはネットもテレビもないから諦めてたけど、せっかく時間がたっぷりあって、しかも、妖怪達はみんな人間に化けると超イケメンだったり、美少女ばっかり。
モデルにできる妖怪がたくさんいるんだから、キャラクターで困ることはないわ。
原稿を化け狸のポンさんに見せたら、彼女は目を輝かせて、何冊もコピーしてくれてた。
「こんな素晴らしいものなら、完売するかもしれませんよ! 奥様!」
「えへへへ……そうかしら?」
「百鬼夜行とは言っても、妖怪は百匹以上集まるんで……とりあえず、100冊用意しましょう!」
初めて描いたぬらりひょん総受け。
全24ページ。
内容は旦那様が行く先々で出会う妖怪から襲われるというシンプルなものではあったけど、最後は河童に優しく抱かれて、朝を迎えるの。
「天狗に鼻を無理やり押し当てられるシーンが最高に良かったです!」
「いやいや、やっぱり最後の河童と朝を迎えるシーンが一番です!」
「私はこの一反木綿と絡み合ってるところが……」
とても好評で、百鬼夜行当日までには口コミで噂が広がっていて、100冊なんてあっという間に売れてしまったわ。
「————な、何を言ってるんだ!? キュウリを二本って……!! 茜、一体何を考えて……」
「何って、ただの次の本の構想ですよ。旦那様が全然帰って来ないので、私にはたーっぷり時間があるんです。早く続きを書いて欲しいって、今日もお菊さんとお岩さんに急かされちゃって……」
旦那様は顔を真っ青にして、口をパクパクしてる。
まさか、こんなことで帰ってくるとは予想外だったけど、この顔、次の新刊で使えそうね。
このだらしなく開いた口に、ナニをパクパクさせてやろうかしら。
「うふふふふ」
「な、なんだ!? 何だその笑いはっ!?」
「あ、あぁ、ごめんなさい。つい妄想しちゃって……うふふふふ」
「怖いからやめろ……っ! と、とりあえず、俺の部屋でちゃんと話をしよう。落ち着け!」
旦那様の方が落ち着いてないように見えるけど?
「白玉、茶を持ってこい!」
「はぁい、ご主人様」
*
旦那様の部屋に入ったのは、いつぶりかしら?
もしかして、初夜の時以来じゃない?
人様の家に勝手に上がり込むのが、ぬらりひょんの勤めだとか、わけがわからないことを白玉から聞いてはいるけど、本当に意味がわからないのよね。
白玉がお茶を持ってきて、ものすごく久しぶりに夫婦二人きりで向き合う事になった。
旦那様は気まずそうにお茶をずずずっと音を立てて飲むと、じっと私の方を見つめる。
やっぱりイケメンね。
いつ見ても綺麗な顔。
「俺を題材に絵を描くのは別に構わない。でも、なんで俺の相手が全部男で、俺が下なんだ? せめて相手は女の妖怪にし「それは無理です。男同士だからこそ萌えるんじゃぁないですか! それに、私はあなたの妻なんですよ? なんで自分の旦那がどこぞの女妖怪とちちくりあってるところを描かなきゃならないんですか? 旦那様、浮気してるんですか?」
「してるわけないだろう!」
「それじゃぁ、どうして帰ってきて下さらないのですか?」
その時、私の目に虫が入った。
痛くて涙がポロりと落ちる。
「そうか……なるほど、茜、お前は俺がいなくて寂しかったんだな?」
「えっ……?」
別にそういうわけではなかったのだけど、旦那様に急に抱き締めらる。
やさしく頭を撫でられた。
「わかった。茜を悲しませたくはないからな、明日からできるだけ早く帰るようにするよ」
「え……?」
「そうだ! 何か欲しいものはあるか? 明日買いに行こう」
いやいや、それは困る。
明日までにネームを終わらせたいのに……!!
でも欲しいものならあるわ————
「……64番と51番のスクリーントーン」
「す、すくり……?? なんだって??」
大きな画材屋さんじゃないと、スクリーントーンって売ってないのよね。
今はみんな、デジタルで描いてるから……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます