ぬらりひょんの嫁作家〜旦那様が帰って来ないので、百鬼夜行で薄い本を売る事にしました〜

星来 香文子

第一章 人生三周目

第1話 人生三周目


 私の知る限り、この人生は三周目だ。

 一度目の人生では、十四歳までしか生きられなかった。

 中学二年の夏休み明け、ギリギリに終わらせた宿題の読書感想文を忘れた事に気がついて、家に戻るっている最中に交通事故にあって、あっけなく死んだ。

 学校帰りに、アニメイトで買うはずだった新刊のコミックス……続きが気になっていたのに、読めなかった。

 こんな事なら、本誌で読めばよかったと……そんな後悔をした。

 ところが、目を覚ましたらなぜか私は生まれた時に戻っていて、わけがわからないまま二周目の人生が始まる。

 二周目の中学二年の夏休み、私は宿題をきちんと計画的に終わらせて、一周目の倍生きた。

 でも、三十歳になる少し前、クソみたいな男に引っかかって、最後は殴り殺された。


 死ぬ瞬間、何故かあの男と出会う前、祖父がお見合いの話を持ってきたことを思い出した。

 コミケに行くのを諦めて、あの男の借金を返すために必死に働いていたのに、この死に様はなんだ。

 こんな事なら、あの時、お見合いに行けばよかったって後悔した。

 その方が、幸せな結婚をして、今頃子供の一人や二人産まれていたかもしれない……


 そうして、三周目、私はまた同じ人生をやり直す。

 あのクソ男には出会わないように、頑張って勉強して、少しだけ偏差値の高い大学に合格した。

 大学を卒業する少し前、祖父が見合い話を持ってきた。

 二周目の時より、少しだけ時期が早かったけど、気にせず顔写真も見ずにその見合い話を受ける事にした。

 だけど、その相手というのが……


「こんばんは」


 とても美しい顔のイケメンだった。

 白というか、銀髪っぽい長い髪を後ろで縛って、黒い着流しを着ている。

 顔を見るまでは、白髪のお爺さんなのかと思ったけど、三十代くらいくらい……だと思う。


 あまりに綺麗な顔の人だったから、私はついその顔に見惚れてしまった。

 名前……————なんて言ったっけ?

 その時は全く思い出せず……とにかく、ずっとなんだか気持ちがふわふわしていたことを覚えてる。


 そして気がついたら、大学卒業と同時に、その人の嫁になっていた。

 でも、おかしな事に————



「今日も旦那様は、帰って来ないの?」

「申し訳ございません。それが、としての勤めですので……」



 私の旦那様は、人間じゃなくて妖怪だったらしい。

 それも、かの有名な妖怪の総大将————ぬらりひょん。


 ほとんど自分の家にいない。

 他人の家に上がり込む、何がしたいのかよくわからない妖怪だった。


「全然帰って来ないし、暇すぎるんですけど!?」


 家にいてくれればいいと言われたのに、掃除や洗濯、料理の一つでもしようとしたら、使用人……——いや、使用妖怪の猫又達に「私たちの仕事を奪わないでください!」って、泣かれてしまうし……

 子作りに励もうにも、旦那様は帰って来ない。

 二周目の人生で、クソ男の借金返済の為にやりたくもない仕事をさせられて来た私からしたら、とても贅沢な悩みかも知れないけれど、この屋敷はネットも繋がらないし、やる事がないの。



「奥様、お好きな事をしていいのですよ。なんでも良いのです。奥様がやりたかった事、趣味とか……何かないのですか?」


 何かと言われても……

 引っ越したから友達とも気軽に会えないし、実家からも遠い。

 テレビもネットもないから、娯楽は人里に降りて漫画でも買ってくるしかなくて……

 それ以外は、生きていくのに不自由なものは一つもない。

 屋敷だって、山奥にあるけどとても大きくて、広くて立派。

 ご飯も美味しい。



「あぁ、そうだ! 再来月、百鬼夜行があるんですよ!」

「百鬼夜行?」

「妖怪が一年に二度、列をなして町を歩くお祭りです。出店もありましてね、奥様方が作った手芸品や工芸品、本、あとは不要になった着物やお三味線なんかも売られるのです。奥様もそこに何か出店してみたらどうでしょう?」


 暇過ぎて嘆いていた私に、猫又の白玉しらたまがそう提案してきた。

 人間の世界でいうところの、バザーのようなものらしい。


「奥様手先が器用でしょう? 刺繍なんていかがです? 陶芸なんかもおすすめですが」

「…………いいえ、それよりもやりたい事があるわ。紙とペン、あと、妖怪の印刷技術はどうなってるかしら?」


 そして、百鬼夜行当日————



 私の描いたBLが、飛ぶように売れた。

 そしたら、旦那様が慌てて家に帰ってきて……


あかね!! 何なんだこれは!! なんで、俺が河童に抱かれなきゃならないんだ!?」


 なんだか怒っているようだったけど、私は冷静に言い返したわ。


「え? 河童よりお尻にキュウリ二本突っ込まれる方が良かったですか?」



 全然帰って来ない、旦那様あなたが悪いのです。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る