私なりにみんなの力になれたらなって。

 翌日から、俺は『ラグナー』のパイロットになるための訓練に明け暮れることになった。明け暮れる、と言っても。俺はひたすらに分厚いマニュアルを読まされて、理解できているかテストさせられるだけだ。アヅマとサイトは、実際に『ラグナー』に乗って運転訓練を始めている。


 教官役であるキュールがじろりと俺を見張っていた。俺がサボったり寝たりしないようにだ。


「……なぁ、俺も早く『ラグナー』とやらに乗せてくれよ。実際に動かしゃ、1発で覚えるからよぉ」

「ダメよ。感覚で覚えられたら、いざ実戦で変な操作をしかねないわ。そうしたら、死ぬのはあなただけじゃないのよ」

「……ちくしょう……!」


 キュールとマンツーマンで『ラグナー』の勉強をしてわかったが、彼女は相当に頭が固い。ちょっとしたことも、融通が利かない女。なんだか、身に覚えがある。


「――――――まるで、カナみてえだ」

「なんか言った?」

「何でもねえよ!」


 悪態をつきながら、マニュアルにざっと目を通す。この女が作ったのが簡単にわかる、小難しい文字の羅列。眺めているだけで頭がおかしくなりそうだ。


「……ちなみに言うと、サイトはこのマニュアルを1日で暗記したわよ」


 キュールの言葉に、俺の耳がピクリと動く。ファースト・コンタクトから、あのクールぶった男はどうにもいけ好かない。

 そんな奴と比較されて、俺はわかりやすく対抗意識が燃えだした。


「……やってやるよ、クソが!」

「扱いやすくて助かるわ」


 ぼやいて煙草をふかすキュールを尻目に、俺は血眼になってマニュアルを眺め始めた。


******


「うああああああああああああ……疲れたああああああああ……!」


 研究所に用意された個室で、俺はベッドにぶっ倒れていた。今まで冒険者として魔物を殺しまくって疲れた、というのはあったが、そういうのとは違う疲れだ。兎にも角にも、今日はもう頭を使いたくない。


「あんの、堅物女め……! バチクソに犯して泣かせてやろうか……!」


 頭の中で「こんなのもわからないの?」と見下してくるキュールの顔が浮かぶ。むかつく顔と、豊満な胸を思い出して、怒りムカムカ欲望ムラムラが入り混じった、複雑な感情がこみあげてきた。


 そんな気持ちで悶々としていると、ドアをノックする音がする。


「あん? 誰だよ」


 ドアを開けると、立っていたのはクートだった。


「ターナー、お疲れさま。ちょっといい?」

「……ああ。何か用か?」

「おねーちゃんと勉強するの、大変でしょ? だからね」


 クートはにこにこと笑いながら、まるで当たり前のように服を脱ぐ。姉に負けず劣らずの豊満な乳房が、あらわになった。


 突然のことに、俺は言葉を失う。


「……は?」

「癒してあげる。来て?」


 裸になったクートは、両手を広げてベッドの上に寝転がり、俺を呼ぶ。

 正直、過去に抱いたことのあるどんな女よりも、美人だ。見ているだけで、情欲をそそられる肢体ではある。


 だが、キュール相手に沸き上がっていた情欲は、俺自身も驚くほどにすん、と引っ込んだ。


「――――――悪いが、そんな気分じゃねえ」

「え? そうなの? でもターナー、さっき……?」

「気のせいだ。……いいから、服着ろよ」


 俺が促すと、クートは随分と素直に、脱いだ服を着なおした。そしてそのまま、ベッドに居座る。


「じゃあ、お話しましょ? ターナーとは、初めてだものね?」

「「とは」って……ほかの奴にも、こんな事やってんのか?」

「うん。おねーちゃんと違って、私バカだから。『ラグナー』の事とか、全然わかんないし。だからせめて、私なりにみんなの力になれたらなって」


 クートは、そう言ってはにかむように笑った。屈託のない笑顔に、俺の毒気はすっかり抜けてしまう。


「……そうか。なら、悪かったな」

「なんなら今からでもする?」

「いや、いい。つーかそんなの言われたら、余計にヤる気なくしたわ」

「えー? でも、アヅマさんとかはよくお願いしてくるよ?」


 ……あの坊さん、ヤることヤッてんのかよ。とんでもねえ生臭坊主じゃねえか。

 ん? ということは……。


「……まさか、サイトも?」

「うーん。サイトは、1回行ったけどそれっきりかな。「俺をバカにするな!」って、すごい剣幕で怒られちゃった。謝ったら許してくれたけど」

「ふーん……」


 そういや元・帝国軍人って話だったか。確か、帝国軍人の将校は貴族身分に当たるらしい。ということは、サイトは元貴族ということになる。そんな奴が、何でこんなところにいるんだか……。


「……ターナーも?」

「あん? ああ、俺はそういうんじゃねえよ。単純に、気分じゃねえだけだ。そういう事なら、ヤりたくなった時は頼むわ」

「うん。いつでも言ってね? 言っておくけど、私、確かに「自分にできること」と思ってこんな事やってるけど、別に嫌ってわけじゃないし、むしろ好きだから」


 「じゃあね。おやすみなさい」と言い、クートは最後まで、にこにこと笑いながら出て行った。


(……ある意味で、とんでもねえ姉妹だ)


 いや、どっちかというと、妹の方がとんでもないかもしれない。

 妙な気疲れもあったせいか、俺はそのままベッドに倒れこみ、泥のように眠ってしまった。


 明日から、またマニュアル漬けの生活だ。

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