だって、寝覚めが悪いじゃねえか!
――――――変化が起きたのは、マニュアル漬け生活が始まってから、1週間がたったころである。
俺はようやくマニュアル漬けから解放され、『ラグナー・オーディン』のコクピットに乗り始めたところだった。
やはりというか、実際に触った方がわかりがいい。冒険者としての生き方も、講習なんかはあったが、そんなのは記憶の彼方だ。実際に身体で覚えた方が、確実に身についている。
『乗った感覚はどうだ?』
『悪くねえ。これが空を飛ぶってのは、にわかに信じられねえがな』
同じく『ラグナー・トール』に乗るアヅマと通信で会話しながら、ハンドルレバー、スコープなどの部分を確かめる。
『『ラグナーマシン』は通常、飛行しての合体が想定される。合体訓練は当分先になるが――――――』
通信機越しに、サノウが話し始めた、そんな時だった。
ビ―――――――――――――ッ!!
ビ―――――――――――――ッ!!
ビ―――――――――――――ッ!!
ビ―――――――――――――ッ!!
けたたましい音が、研究所内に鳴り響く。同時に、研究所内が、黒く点滅を始めた。
「な、何だ!?」
『……ついに、来てしまったか……!』
驚く俺に、ジジイのくぐもった声が聞こえる。
まさか。
『――――――警告パターン黒! 間違いありません、『ゲノム』出現です!』
クートの声で、疑念は確信に変わった。
――――――とうとう、来やがったってのか……!
『場所は?』
『帝国領、砂漠地帯です!』
帝国領、砂漠地帯と言えば――――――。
『……あそこには、サラマン自治領がある』
訓練中一言も発さず、『ラグナー・ロキ』に乗っていたサイトが、通信に入ってきた。
帝国は3国の中でも広大な領土を持っているが、そのほとんどが侵略により得てきたものだった。反乱の意を削ぐために、遠方の人種が異なる地域などは、「自治領」としてある程度政治を任せているところも多い。砂漠地帯も、その一つだ。
「……だったら、そこにいる奴らが危ないだろうが! 世界の危機クラスのバケモノなんだろ!?」
『……砂漠地帯なら、『ゲノム』がゲット山脈付近に来ることは当分あるまい。お前たちは、引き続き訓練を続けろ』
ジジイの発言に、俺は耳を疑った。
「……何言ってんだ!? 大勢死ぬことになるぞ!」
『それがどうした。すべて滅ぶよりはマシだろう』
大真面目で、何の迷いもない言葉に、研究所が静まり返る。補足するように、キュールのアナウンスが入った。
『……下手に出撃して、あなた達が失敗した方が、取り返しがつかないわ。『ラグナー』も失われたら、人類はおろか、世界に『ゲノム』に対抗する術がなくなるのよ』
『正直、想定よりもはるかに早い出現だ。ある程度の犠牲はやむなしと考えろ。……より多くの命が、お前らと『ラグナー』にはのしかかっている。それを忘れるな』
「……っ!」
確かにその通りだ。俺たちは、合体はおろか、飛行訓練すらまともにやっていない。確実に飛べる保証など、どこにもない。なんだったら、失敗する可能性の方が高いだろう。
――――――だから、何だってんだ。
確かに俺は乱暴者だ。それが原因で、何人も不幸にしてきたし、自分も不幸になってきた。
……だが。
大勢人が死ぬってのを、黙って見過ごせるようなタマじゃねえんだよ! だって、寝覚めが悪いじゃねえか!
「――――――ハッチを開けろ」
『ターナー! 聞いてなかったのか? お前らにはまだ無理……』
「うるせえ! 開けねえなら、ぶち破るぞ! 『ラグナー』、壊されたくねえんだろうが!」
俺は『ラグナー・オーディン』のエンジンを、勢いよく噴かした。
『ば……バカっ……!』
ジジイの声もかき消し、爆音とともに『ラグナー・オーディン』は走り出す。幸い、出撃用のハッチに繋がれている状態だった。ハッチさえ開けば、無傷で外に飛び出せる。
『……ハッチ、開けて! 機体が衝突はマズい!』
キュールの声に、研究所のスタッフが慌ててハッチを開ける。正直、ギリギリだった。
――――――だが、『ラグナー・オーディン』の白い機体は、一直線に山脈の外へと飛び出す。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
発進と共にかかる凄まじいGに全身を押しつぶされながら、それでも俺は操縦桿をしっかりと握っていた。最初こそぐらついたものの、やがて、飛行は安定する。
「……へ、へへ。やっぱり、実際に動かした方が早いじゃねえか」
Gによる鼻血を拭いながら、俺はニヤリと笑った。
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