056 朝から
翌日。今日も目覚ましが鳴る前に起きた千咲は、顔を洗いに洗面所へ。そこには起きたばかりでまだ部屋着を着たまま顔を洗っている航がいた。
「あ、航先輩おはようございます。先輩が早起きなんて珍しいですね」
「おはよう、本条。今日はちょっと、早めに出る予定があって」
「どこ行くんですか?」
「今日はライブにね」
「ライブ……ですか?」
航からは出てきたのはライブという言葉。航がライブに行くなんて千咲にとっては少々意外だった。
「ちなみに誰のですか?」
「それは……秘密」
「教えてくれないんですかー?」
「ちょっと、恥ずかしい」
千咲はついつい笑ってしまった。バンドかアイドルか、はたまた別なのかは分からないが、どうやら航にとっては恥ずかしいものらしい。普段から何を考えているのか分かりにくい航であるが、こういうところは他の人と感覚は同じなのかなと千咲は思った。
「……分かりました。聞かないでおきます」
「助かる」
そう言って航は顔を洗い終わったのかそのまま洗面所を後にした。相変わらず航の趣味を知らない千咲ではあるが、航は意外と趣味を持っているのかもしれない。……さすがに駄菓子だけではないだろう。
「さーて、今日も頑張るか」
千咲は顔を洗いながら気合を入れていた。ここ最近毎日のように外出しているので疲れが溜まっているのは事実だが頑張るしかない。
——部屋で外出用の服に着替えた千咲はそのままキッチンへ。今日も夜菜が朝食を作っている最中である。
「おはようございます」
「おはよう千咲ちゃん」
ダイニングのテーブルには既にいくつかの皿が並んでいる。もう準備も終わりごろだ。
「千咲ちゃん、先食べてていいわよ」
「いいんですか?」
「すぐできるから。比呂と航先輩もいずれ来ると思うよ」
「航先輩はさっき洗面所にいました」
「あら珍しい。毎日早起きしてくれればいいんだけどね……」
夜菜の言葉に千咲は苦笑する。千咲自身も決して早起きが得意なわけではないが、白光屋に住み始めてからは目覚ましの前に起きれるくらいにはなった。それでも休みの日は二度寝することが日課でもあるのだが。
夜菜に言われた通り先に食べていること5分。比呂が姿を現した。
「千咲、体調は大丈夫か?」
「おはよう比呂、大丈夫だよ。疲れてはいるけど」
「無理するなよ。まあ今日もただ待つだけだけどな」
「それが疲れるんだよ」
やることとしては見張りという名の待ち。激しく動くことはないわけだが、動かないということもまた疲れるのである。
「まあ、安心しな。今日は総督の車で待機だから」
「……あれ、公園かと思った」
「最近暑くなってきたから、あんな日なたにいたらさすがに参っちゃう。近くにある駐車場を契約した」
「なるほどね。まあそのほうがありがたい」
今日は一昨日よりは楽できそうだ。また寝てしまいそうな気がするが。
「今日は9時過ぎに来るらしい。遅れないように準備しとけよ」
「おっけー」
そう言って比呂は椅子に座ると黙々と食べ始めた。今日も長い1日が始まるわけだが、何かしら新たな証拠が掴めればいいなと千咲は感じた。
……ちなみに早起きしていたはずの航がダイニングにやって来たのは比呂が来てから10分後のことだった。一体何をやっていたのか気にはなるが、ここはスルーすることにした。
※※
「千咲、先に外で待っててくれ」
「分かった」
比呂に言われた通り、先に家を出た千咲。階段を上がると、営業準備をしている店長の翔が誰かと電話をしていた。
「——だからそれは教えられないって言ってるんだよ」
電話をしながら千咲の姿に気づいた翔は、千咲に目配せをしてきた。その視線をたどると、そこには小さなメモ帳がある。どうやらそれを取ってという意味らしい。言われた通りそれを持って翔に渡すと、話をしたまま小さく頭を下げてきた。
3分ほどして電話を終えた翔はスマホをポケットにしまって千咲のほうを振り向いた。
「ごめんね千咲ちゃん、さっきはありがとうねぇ」
「いえいえ、大丈夫です」
「今日も見張りに行くのかい?」
「そうです」
千咲は大きくうんと頷く。
「せっかくのゴールデンウィークだというのに大変だねぇ。しっかり休めているかい?」
「問題ないですよ。それなりに寝てはいるので」
「本当? なら良かったけど。でもほどほどにしなよ」
「心配してくれてありがとうございます」
そんな会話をしていると比呂が階段から姿を現した。
「千咲、もうすぐ着くそうだから行くぞ」
「分かったー」
比呂はそのまま裏口から店を出る。
「相変わらず比呂は冷たいんだよなぁ。他の3人はいろいろ話してくれるんだけど」
「不思議ですけど、なんでか分からないんですよね……」
今まで比呂と翔が会話しているところはほとんど見たことがない。比呂は翔のことが少し苦手だったりするのだろうか。……比呂の性格を考えれば、別にただ話をしていないだけかもしれないが。
「千咲ちゃん、気を付けて行ってきてね」
「行ってきます」
こうして千咲は比呂の後を追うように裏口から白光屋を後にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます