054 不安

「さっきのはクラスメイト?」

「そうです」

「仲良くやれてそうで私も安心」

「……そんなに心配しなくても大丈夫ですよ夜菜先輩」


 デパートを後にした2人は帰りの電車の中で鈴のことを話していた。千咲の片手には大きな袋を持っている。結局1時間近く悩んでいた千咲。


「でも、まさか比呂君そこまで人気だったんだね」

「……聞いていたんですか?」

「最後のほうだけだよ。……嫌な気持ちになってたらなんかごめんね」

「いや、まあ大丈夫ではありますけど……」


 夜菜はフフッと笑う。確かに夜菜からすれば比呂がそこまで人気なことが気になるのは仕方ないことだ。そういう千咲自身もなぜなのかは分からないが。


 なお、凪については純粋な興味で比呂と話をしたいだけだと思われるが、鈴に関しては今のところ謎である。


「でも、比呂君にも話せる友達ができるのはいいことじゃない?」

「比呂が受け入れるとは思いませんけど……」

「そんなことないわよ。ゆっくりと時間をかければ自ずと心を開いていくものだと思う」


 夜菜が言っていることはその通りだと思うしそう信じたいのだが、比呂に関してはまずもって常識が通用しない。おそらく期待しても無駄な気がする。


「……ほんのわずかな可能性にかけておきます」

「比呂君、千咲ちゃんにもそう思われてるなんてね」

「仕方ないと思います」

「案外きっぱり言うわね……」


 そんなことを言っていると、いつの間にか電車は五厘駅に着く。改札を通り、白光屋への道を2人で歩いていく。しばらく無言で歩いていた2人だが、ふと夜菜が口を開いた。


「——千咲ちゃん、この生活を変だと思ったことない?」

「……え?」


 夜菜の発した言葉に千咲は素っ頓狂な声を出す。


「いきなりこういう話をするのは良くないことは分かってる。でも、千咲ちゃんの気持ちが保てる理由が私には分からないの」

「……先輩、どうしたんですか急に?」


 夜菜の様子に千咲は首を傾げる。夜菜は歩きながらただただ地面を見つめている。


「千咲ちゃんはさ、今の生活が本当に安全だって思う?」

「えっと……」

「少なくとも私は疑ってる。私たちは安全でもあり危険でもあるんだよ」

「……先輩?」

「何が言いたいかっていうとね、千咲ちゃんはこの生活の本質に気づいていないってこと」


 千咲は夜菜のほうを見たまま目をぱちぱちさせる。突然の夜菜の話に戸惑っている。


「あのね、千咲ちゃんは強いから考えたことなかったかもしれないけど、この生活って私たちにとって何のメリットがあると思う?」

「メリット……ですか?」


 千咲は夜菜の言葉に考え込む。白陰に所属してから、黒陰の謎を解明するために日々銃技の練習をして証拠を集めている。でも、それは果たして千咲自身に何かをもたらすのか。


「……黒陰の謎が分かって、命が狙われなくなることとかですか?」

「そう。でもそのために私たちは命を危険に晒さなければならないのよ」


 夜菜の顔からはどこか悲しそうな表情が読み取れる。


「私たちはもともと命を狙われた身、そして助けられた身。当然比呂君や総督、白陰に感謝しなくちゃいけないのは当たり前のこと。でも、助けられた手前必然的に黒陰との闘いに身を投じなくちゃいけない」

「……」

「命を狙われて助けられた人たちが、さらに危険なことを強要される。拒否した場合は保護なんてしてもらえず、学生の身ながらに1人で不安に苛まれながら生きていくことになる」

「それは……」


 確かに夜菜の言うことは間違っていない。保護してもらっていながらも、半ば強制的に危険な場所に首を突っ込まされる。一歩間違えれば命の保証など全く無い。まさに生と死が隣り合わせの暮らしである。


「もちろん、総督や白陰そのものを信じていないわけじゃない。1年弱保護してもらっているけど、特に騙されたと感じることは一度もない。でも、それでも心のどこかに不安が残り続けているのもまた事実」


 夜菜の言葉は淡々と紡がれている。千咲はその言葉をただ静かに聞くことしかできない。


「……だからこそ、千咲ちゃんを見るとすごいって思う。疑ったりしないのかなって、不安になったりしないのかなって。私は千咲ちゃんみたいに気持ちを保つことができない」

「……」

「この生活がいつまで続くのかも分からない。今はまだ学生だから養われていられる立場かもしれないけれど、卒業したらそういうわけにもいかないんだよ」


 夜菜の声のトーンは、いつもの夜菜に比べて何倍も低い。千咲にとってここまでテンションが低い夜菜を見たのは初めてだった。


「……ごめんね、急にこんな話をしだして。でもここ最近の証拠集めや見張りの様子を見てて思ったの。私たちはこのままで大丈夫なのかなって」


 そう言って夜菜は口を閉じる。2人の間にしばしの沈黙が流れた。2人の足音だけが耳にこだまする。


 ずっと下を見ていた夜菜だったが、しばらくした後ハッと気づいたように千咲のほうを見て再び口を開いた。


「……あー千咲ちゃん本当にごめん、今の話は忘れて。せっかくのお出かけだったのに、帰りにこんな暗い話してたらダメだ——」

「もちろん不安ですよ、先輩」


 そんな夜菜の言葉を千咲は遮った。そこには優しい笑顔で夜菜を見つめる千咲の姿があった——。


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