053 偶然

 翌日。今日は比呂と航がともに白陰の本部に出かけて行った。千咲はせっかくの休日ということで、夜菜とともに買い物に来ていた。


 ——場所は五厘駅から電車で10分ほど揺られた駅にあるデパート。千咲は前々から行きたいと思っていたが、ここ最近いろいろあってつい行く機会を見失っていた。


 本当は今比呂たちのように勇喜男関連の動向に注目すべきであるが、毎日気を張っていては疲れてしまうと夜菜の言葉に釣られ、気づいたらここまでやってきたのだ。


「……うわ、これ欲しい」


 そんな千咲たちはデパート3階のレディース服のフロアに来ていた。千咲の目の前にあるカジュアルテイストのシャツに目を光らせていた。


「千咲ちゃんあんまりファッション詳しくないって言ってたけど、意外とそういうの欲しがるんだね」

「私詳しくないんですけど、こういうの見ると着たくなっちゃうんですよ」

「分かるよー。やっぱオシャレしたくなっちゃうもんね。でも、千咲ちゃんはやっぱ落ち着いた感じの服を好むよね」


 千咲のファッションセンスは自分自身でも全然ないと思っているが、一目惚れしたものは似合っていると思ってしまう。


「でも、値段がちょっとあれなんですよね……」


 チラッと値札をめくってみると、やはり思った以上に高い。自由に使えるお金があまりない千咲には手が届きそうにない。


 ちなみにお金は毎月総督経由で最低限もらっており、普段はそれを4等分している。とは言ってもほとんど生活費で消えるため、決して贅沢はしていられない。


 なお千咲には徹の相続があるのだが、総督が代理人となってもらって手続きを行ってもらっているので、今のところ最低限のこと以外は関わっていない。


「……私が買ってあげようか?」

「えっ? いいんですか?」

「私は一応お金もらってるからね」

「そうなんですか?」

「詳しいことは秘密だよ」


 夜菜は千咲に向かってニコッと微笑む。夜菜はどうやら別に収入があるようだ。


「……でもちょっと申し訳ないです」

「遠慮しなくていいのよ。私そこまでお金使うことないから」

「じゃあ、もうちょっと考えていいですか?」

「もちろん」


 ということで千咲はもうしばらくこのフロアを見ることにした。夜菜は別に見たいものがあるということで、一旦別行動をすることに。千咲はるんるん気分で店内を見回る。こんなことをしているのは去年以来であり、改めてJKしているなと感じた。


 さて、そんなこんなでしばらく衣服を眺めていると、後ろから突然肩をポンポンされた。驚いて振り向くと、そこには見知った顔が。


「千咲っち、偶然だね」

「鈴じゃん。こんなところで会うなんて」


 声をかけてきたのは鈴だった。この前一緒にカラオケ行ったときとは違って割とラフな格好をしている。


「千咲っちも服見に来たの?」

「それもそうなんだけど、どちらかというとここに一度来てみたかったって感じ?」

「あー千咲っちここ初めてな感じか」

「そうなんだよねー」


 鈴が納得したようにうんうんと頷いている。しかしここで鈴と遭遇するとはなかなかの偶然である。


「鈴は今日誰と来たの?」

「ウチはお母さんと。あれ」


 鈴が指さした方向を見ると、1人の女性が黙々とカーディガンを眺めている。見た目かなり若そうだ。


「そういう千咲っちは誰と? ……もしかして二条さん?」

「違うって鈴。私は学校の先輩とだよ。このフロアのどこかにはいるはずなんだけど」


 千咲は周囲を見渡すが、残念ながら夜菜の姿は見当たらなかった。


「千咲部活も入ってないのに先輩との繋がりとかあったんだね」

「あーえっと、中学ときからの知り合いでさ」

「同じ中学?」

「では無いんだけど……」

「……まあ、いいか」


 千咲は自分で言っててこのやり取りをかつて愛花とやったことを思い出した。今は比呂とは違って女の先輩だから別に突っ込まれることはないだろうがほんの少し申し訳なくなってくる。


「っていうか鈴、未だに比呂のこといじるのやめてよー」

「ごめんごめん。でも、今日はちょっといてほしかったな」

「え? どうして?」


 鈴がふと気になることを言い出した。


「ちょっと彼と話してみたくてね。いろいろ気になるんだよ」

「まさか鈴まで興味あるなんてびっくりだよ。何か聞きたいことでもあるの?」


 凪は前々から比呂と話したいと言っていたが、鈴までそうだとは思わなかった。


「まあ、銃技のこととか? あとはそうだな……」

「……鈴、何か企んでる?」

「いや、そんなことはないけど……」


 鈴が少しだけ視線を逸らした。少し怪しいが、今聞き出してもおそらく答えてはくれないだろう。


「……まあ、別に話すことはいいんだけどさ。決めるのは私じゃないけど比呂は別に断らないと思う」

「本当? 助かる」

「ちょうど凪とは話す約束があるから、その時一緒にってことでどう?」

「……いいよ」


 一瞬だけ考えたような顔をしたが、鈴はすぐにオッケーを出した。


「じゃあ、日程が決まったらまた連絡するね。一応部活が被らないようには配慮するよ」

「ありがとう」


 これもまた比呂に話さなきゃなと思う千咲。にしても千咲の周りの比呂人気がすごい。たまたまなんだろうけど。


「あ、ウチもう行かなきゃ。またね千咲っち」

「うん、またね」


 そう言うと鈴は手招きしている母親の元へ戻っていった。


「……改めて欲しいもの探すかー」


 こうして千咲は再び服選びを始めたのだった。


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