050 先生の行方
「……まさか辞職した先生が家に出入りしてたとはね」
総督の車で本部に戻った3人は白陰本部の広間で話し合っていた。
「千咲はその先生のこと詳しいのか?」
「……そこまでかな。担任っていうわけではなかったし。……でも話をしていたほうではあると思う」
かつて土曜日の自主練に毎週のように行っていた千咲。週によって担当の先生は違ったものの、彰浩が担当であることが一番多かった。そのため何気に話す機会はあった。
「どちらかというと宗太のほうがよく話していたけど」
「彼氏さんね……」
宗太はとにかくコミュ力が高かったから、基本的にどの先生とも仲良く話をしていた。彰浩に関しては宗太のほうが詳しかっただろう。
「本条は、その先生が退職してから何をしているとか聞いたことあるかい?」
「いえ、特に聞いたことはないです」
「そうか……。一応こちらで今も引き続き調べてもらっているんだが、教員を辞めてからの情報は手に
ここに来て状況はさらに複雑になった。銃の指紋から次々に新たな情報を手に入れているものの、見つかるものひとつひとつの関連性が非常に分かりづらい。
「とりあえず1つずつ整理していこう。まず、端地勇喜男の家は特定できたとみていいだろうね。そしてその家から、本条の彼氏の件に深く関わっていた先生が出てきたと」
「そうですね」
千咲が総督の話にうんと頷く。
「まず一番の疑問は端地家と先生の関係性だね」
「そもそも松本先生と端地家が親戚ってことがあると思いますけど……?」
第一にその可能性を捨ててはいけない。親戚同士であれば家に出入りしていることくらい別に不思議でもなんでもない。
「残念だけどそれは違うらしい。先生の血縁関係は先ほど調べてくれたんだけど端地家との近い繋がりはなさそうなんだ」
「……なるほど」
「ただの友達ってこともありそうだけど、年齢も少し離れているから考えにくいと思う」
「となると、次は仕事の関係とかか」
比呂が隣で口を挟む。彰浩が何かの仕事に就いており、その関係で家に行ったということも考えられる。
「今何をしているのかが掴めていない以上そこは分からないね」
「ただ、松本先生は家から出てきたとき私服でした。仕事なのであればスーツとか着ているんじゃないかと」
「確かにな」
「その線を消すといよいよ……」
千咲は間をおいてからその続きを口にする。
「……黒陰との関係なのかな」
「そうやって想定しておくのが今は無難だろう。ただ、安直な推測をして選択を誤るのは良くない」
「と言うと?」
「彼が味方か敵かってことだ」
——比呂が言いたいのはすなわち彰浩が黒陰に捕らえられた側の人間か、それとも黒陰側の人間かということだ。
「単純に奴らに捕まったのならまだマシだ。少し悪い言い方だが、うまく利用すれば奴らの情報を掴めるかもしれない」
比呂はここで千咲に向き直った。
「問題はその逆だ。もし奴らの関係者なら割とまずい。なにせ千咲やお前の彼氏のことをそれなりに知っているだろうからな」
「つまり、私たちが思っている以上に黒陰は私たちのことを知っていると」
「そういうことになるな」
千咲は下を向く。今まで彰浩に裏があるなんて考えたこともなかったが、ここまでいろいろあるともはや何もかもが怪しい。
「二条、確か前に火雅也家と端地家にはともに銃技場があって、それはすなわち黒陰との関係があるのではないかという話をしていたよね?」
「あくまで可能性の話ですが、現状はそう考えられるということです」
五厘高校の教頭である昇との会話の後に至った1つの結論。宗太が黒陰との関わりを持っていたという仮説の信ぴょう性を引き上げるものだった。
「……もしそれが本当だとして、彼氏さんが黒陰関係者だとするよ。本条、確かその先生は彼氏さんが亡くなった時にそれを発見して通報した人なんだよね?」
「そうです」
「となると、敵と考えるのはおかしいんじゃないかい?」
総督が隣から本条と千咲のほうを向いて言った。
「どういうことですか?」
「事故当時本条と彼氏さんが2人で倒れていたとして、先生が黒陰の人間だった場合そのまま2人を救急車を呼んで病院に送るのは変じゃないかい? ただでさえ情報の管理を徹底しているんだから、そんな簡単に病院を利用するのは多少でも躊躇すると思うんだ。もっと言えば、本条だけを見放しにすることもできただろうし、連れ去ることも可能だ。銃技場に設置されている防犯カメラの映像くらい奴らなら簡単に偽造できるだろう」
総督の言うことにはある程度筋が通っている。宗太と黒陰の関係性は見えていないものの、少なくとも雑に扱うことはしないだろう。それに、防犯カメラの映像は警察にも確認されている。映像がそのままだったということは、黒陰側は何も手を加えなかったということである。
「……確かにそう考えても良さそうですね」
「すると残る選択肢は今のところ1つだね」
「——捕らえられたのか……」
残った選択は彰浩が黒陰に捕らえられた場合。なぜそうなったのかは分からないが、なにか良くないことが起こっているのは間違いない。
「事故現場を直接見ている彼は、黒陰にとって貴重な存在なのかもしれない」
比呂が静かに言って、総督のほうを向き直る。
「とりあえず、もう少し情報を集めましょう。何か分かったら報告をお願いします」
「そうするつもりだよ。本条、先生について詳しそうな人がいたら聞いてみてほしい」
「分かりました」
状況は思った以上に深刻らしい。千咲の心は大きな不安を抱えていた——。
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