049 見覚えのある人物

「おい千咲、起きろ」

「……え」


 比呂に声に千咲は目を開ける。瞬間、ハッと意識を呼び戻す。本を読んでいる間にいつの間にか寝てしまったようだ。


「ごめん、つい……」

「別に寝ることは構わない。そんなことより移動するぞ」

「……もしかして動いた?」

「ああ。下見てみろ」


 比呂が屋上から顔を出して指をさす。その方向を覗いてみると、勇喜男が正装で店から出てくるのが見えた。


「総督に連絡する?」

「いや、ちょっと待て」


 千咲はスマホを取り出そうとしたところで比呂がそれを制止する。


「なんで?」

「見ろ」


 比呂に言われるままに再び下を見ると、勇喜男は駐車場に向かわずにそのまま歩道を歩き始めた。


「今回は車じゃないらしい。このまま追う」

「……分かった」


 比呂は先ほどと同様に屋上を器用に動き、さっき飛び移った非常階段の元へ。比呂はノンストップで隣のビルへ飛び移る。


「早く来い。見失うぞ」

「分かってるけど、ちょっと待って」

「じゃあ先行ってるぞ」

「あーもう」


 比呂は特に千咲を見ることもなくそのまま階段を駆け下りていった。納得がいかないが、勇喜男を見失っては元も子もないので仕方なし。


「……よいしょっと」


 少しおっさんくさい声を出しながらなんとか階段の柵を掴んで着地。そこまで高さがあるわけではないが、怖いものは怖い。


 急いで階段を降りると目の前には比呂がいた。ビルの影から様子を伺っているようだ。


「……どう?」

「今あそこの交差点を右に曲がった。行くぞ」

「うん」


 比呂は言い終わる前に駆け足で移動し始める。千咲も置いてかれないようにその後ろを付いていく。少し大きめの交差点のところで比呂は再び足取りを止める。


「怪しまれない程度な距離とってついてくぞ」

「おっけー」


 比較的都心に近いこの地域はゴールデンウィークということもあり、人はそれなりにいる。見失わないように注意しながら後ろを歩いていく。


「……これ、どこに向かっているんだろう」

「さあな。全く分からん」

「普通にカバン持ってるよね」


 勇喜男の姿を遠目に確認すると、片手に通勤用のカバンを持っている。昨日と同じくまだ営業時間であるが、もう帰宅するのだろうか。


「そういえば、昨日彼が乗っていた黒い軽自動車って駐車場にあったっけ? 私見てないと思う」

「……言われてみれば無かった気がするな」


 比呂が歩きながら悩んでいる。千咲も記憶を遡る。駐車場を見たのは少しの間だけだったが、黒い車は今日は置いてなかったように感じる。


「……昨日は別の場所に行く用事があったから車で店まで来たって考えることができないかな?」

「——つまり普段は徒歩通勤だが、昨日は遠くへ行く用事があったから車で出勤したってことか。その考えは割といい線いってるかもしれない」

「となると今向かっているのは——」

「自宅かもな」


 比呂は千咲の考えに頷く。果たしてこの考えはあっているのだろうか。比呂と千咲はそろって勇喜男の後ろを歩き続けた。



 ※※



「……まだ着かないのかな?」

「店を出てから結構経ってるな」


 ——歩くこと約15分。人通りが減った住宅街に入った勇喜男はペースを落とすことなくただただ歩き続けている。千咲と比呂は人通りが減ったことで先ほどよりも距離を取って歩く。


「……」


 2人ともすっかり黙ってしまったものの、そのままさらに進むこと5分。勇喜男が突然歩く向きを変えた。


「止まれ千咲」

「分かってる」


 ちょうど目の前の電柱に身を寄せながら覗いていると、勇喜男が大きな家に入っていく様子が見られた。家の前には昨日見た黒い軽自動車が止まっている。


「……千咲の言う通りだったな」

「そうだね。これからどうする?」

「せっかくここまで来たんだ。せめて他にも情報が欲しい」


 比呂はポケットからスマホを取り出すとすぐに電話を掛けだした。相手は総督である。


「……総督、端地勇喜男の家を特定しました」

『本当か? とりあえず現在地を教えてほしい』

「マップのスクショを送ります」

『頼んだよ』


 比呂は電話を保留にしてスクショをメッセージチャットを通して送り再び総督と話し始める。


「せっかくなので、少しだけ様子を伺います」

『無理して近づくのはおすすめしないよ』

「分かっています。ある程度したら退散しますから」


 そう言って比呂は電話を切った。スマホをポケットにしまうと、千咲のほうに向き直った。


「ってことで少しだけ見張るぞ」

「帰ったばかりなのに動きあるのかな?」

「他の住人がいるかもしれないからな」

「でもどこで?」


 ここはバレットプレートの近辺とは違って住宅街である。見渡す限り家しかない。


「そうだな。あそことかどうだ?」


 比呂が指さした方向を見ると、家の間に小さな公園があるのが見えた。公園と言ってもベンチと滑り台くらいしかない。


「そうだね。……ちょっと目立ちそうだけど」

「すぐに去るから問題ないだろう」


 比呂はすたすたと歩いて公園の中にあるベンチに座った。千咲はちょっとの間迷ったが、結局その隣に座る。……年頃の男女2人が公園ベンチで一緒に座っているのはちょっと恥ずかしい。千咲はベンチのできるだけ端に腰かけた。場所的には勇喜男の家がぎりぎり見える位置だ。


「どれくらいいる?」

「30分くらいしたら戻るか」

「結構長いね……」


 またここから待機かと千咲は思った。自分から行くと言い出したので文句を言うのはおかしいことだが、昨日から待つこと自体さすがに飽きていた。


 ——しかし、そんな千咲の気がかりは意外にもすぐ無くなった。座ってから3分ほどで勇喜男の家の扉が開いた。


「……隠れろ」


 比呂が小さく千咲に合図を出す。千咲はすぐに立ち上がって向こうからは見えない死角に移動する。千咲と比呂はうまく顔を覗かせて様子を伺う。


 しばらくすると、勇喜男の家から1人の男が出てきた。それは勇喜男ではない別の人のようだ。


「……あれ?」


 千咲はふとつぶやいた。


「どうした千咲?」

「いや、見間違いじゃないと思うんだけど……」


 千咲再度、出てきた男の様子を確認する。それは千咲にとってとても見覚えのある人物だった。



「あれ……私の中学にいた松本先生かもしれない」



 ——出てきた人物、それはかつて師道中学校の教員をしていた松本彰浩まつもとあきひろだった。


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