048 屋上で
翌朝、少し遅めに起きた千咲たちは昼の12時ごろに再びバレットプレートにやってきた。今日も昨日に引き続き快晴である。
千咲はもう一度店の中に入り様子を確認した。店内で勇喜男の姿は確認できたものの、唯奈の姿は確認することができなかった。今日は出勤していない可能性もある。
少し残念だが、唯奈との再会はまだ先になりそうだ。——そんなことを考えながら千咲は店を後にする。今日は航が来ていないこともあり、比呂とともにバレットプレートの屋上にいることにした。比呂と一緒に隣のビルの外階段を上った千咲だったが……。
「……本当にこれ?」
予想以上に隣のビルからバレットプレートの屋上までの距離は遠かった。もちろん落ちたら大怪我は免れない。
「ああ。勇気を持って飛ぶだけだな」
しかし比呂は特に気にする様子もなく階段の手すりの上に立つと、そのまますっと飛び移る。簡単そうにやっているが、常人じゃ普通はできないだろう。
「……しょうがないかー」
とは言ってもくよくよしていても仕方ないので千咲は思いっきり飛ぶことにした。最悪死ぬことはなさそうな高さなので勇気を振り絞っていくしかない。千咲はゆっくり手すりの上に立って、勢いよく手を放して飛び込む。
「——んっ!」
なんとか屋上の上に着地。比呂が伸ばした手を取り体勢を立て直した。
「怖すぎるよ……」
「銃の扱いは上手くなったが、こういった動きはまだまだ苦手そうだな」
「いやいやこういう動きする機会がまずないから」
千咲は思いっきり首を横に振りながら返答する。ただでさえ銃をまだ実戦で使ったことが無いというのに、様々な環境を予測したうえでのトレーニングなどできるわけもなかった。
「まあいい。こっちだ千咲」
特に否定もしないまま比呂は傾いていて歩きづらい屋上を奥へ進む。ここの屋上は一部が平地になっており、そこなら安心して待機できるようだ。
落ちないように気を付けながら平地にたどり着いた千咲はふーっと一息ついてその場に座った。
「確かにここなら見つからなそうだね」
「ああ。まるで監視してくれって言ってるみたいな設計だな」
四方が屋根の装飾で囲まれており、下から見ても人がいると認識することはできないようになっている。逆にこちらが上から覗き込めば入り口の周りがよく見える。
「でも、よくこんな場所あるって分かったよね」
「航空写真眺めてただけだ。行き方は昨日考えた」
「適応力の高さよ……」
やはり比呂は常人ではない。千咲的に異論は認めない。
「さて、屋上待機は体力勝負だ。今日は天気もいいから日中はずっと日が照り付ける。それにゆったりできる場所もない。それだけ過酷だ」
「……たぶん大丈夫だと思う」
まだ5月初旬ということで比較的過ごしやすい気候ではあるが、日陰がほとんど無いこの屋上で数時間待ち続けるのはかなり大変だろう。
「まあ無理するな。最悪俺が全部見てるから総督の車にいてもいい」
「体調がピンチならそうする」
比呂はそれを聞いて頷くと、持っている小さなバックから1冊の文庫本を取り出した。それをパラリと開くとそのまま読み始める。千咲にとってその光景は少し新鮮だった。
「……比呂って本読むんだね」
「逆に読まないと思ってたのか」
比呂の勉強している姿なら何度か見たが、普通に本を読んでいるのを千咲はほとんど見たことがない。
「だってそういうイメージ無いし……」
「変なイメージを持つな」
「ごめーん」
比呂は小さくため息をついたがすぐに、仕方ないかと言わんばかりの表情を見せた。
「……まあ実際、紙の書籍を読むことが少ないからな。普段は電子書籍を好んで読んでいる。だから見たことないって感じたんだろう」
「なるほどね……」
スマホをいじっている比呂は山ほど見てきたが、実は電子書籍を読んでいたのだろうか。それなら納得感がすごい。ちなみに千咲は根っからの紙書籍派である。
「じゃあ今はなんで紙なの?」
「スマホの充電切れたらまずいだろ」
「あ、そうか……」
当たり前のことを比呂に言われるとなぜか感嘆してしまう。
「……千咲は昨日カフェで何してたんだ?」
今度は比呂が本から目を離さないまま千咲に尋ねてきた。
「昨日も私は本読んでたよ。あとはスマホでSNSいじったりとか」
「そうか。……仮に端地勇喜男が昨日と同じ時間に外出するとしても、あと3時間くらいはある。俺が見てるから自由に過ごせ」
「分かった」
そう言って千咲もバックから文庫本を取り出す。しかし真昼間で直接日光が差し込むこの場所で読書をすることはなかなか難しかった。屋上の装飾によってできた小さな影に身を寄せながら窮屈な体勢で本を開く。
比呂は自分の体で上手に影を作りながら本を黙々と読んでいる。普通に器用なのが羨ましい。
——しかし改めて考えると高校生2人が店の屋上で本を読んでいる状況が果たして見張りといえるものなのだろうか。……傍から見たらどう考えても怪しすぎる光景に違いないだろう。千咲はそんなことを考えながら本の世界に浸ろうとしていた。
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