047 母親

 一度バレットプレート周辺へ戻った4人は、勇喜男が戻ってくるのを待った。しかし、それから営業終了時刻まで戻ってくることは無かった。


 千咲は唯奈への接触を試みたものの、唯奈の姿も無く結局話すことはできなかった。こうして一行は今日は何の成果も得られないまま白光屋へと戻ったのだった。


「——そう。それは残念だったわね……」


 4人で夕食を食べている中、夜菜は今日の出来事を聞いていた。


「どうして彼は逃げたのかな?」


 夜菜は比呂に尋ねた。比呂は首を横に振った後口を開く。


「分かりません。……ただ急にスピードを出したのは事実なので、何かそうしなければならない理由があったのは確かです」

「そう……」


 このまま2人は黙ってしまった。結局逃げた理由が分からない以上、話題が広がらないのである。



 ※※



 部屋に戻った千咲はそのままベットにダイブ。先日貸しビルを回った時ほど動いたわけではないものの、長時間の外出だったため一気に疲労が押し寄せる。ただ待つだけでも意外と疲れるものである。


「はー……」


 明日も引き続き見張りは行う。明日は比呂と千咲の2人で行く予定だ。勇喜男の行動を見張るのはもちろんだが、千咲にはもう1つの目的ができた。


 千咲はベットから起き上がると、本棚の隅に閉まってあったファイルを取り出した。唯奈からの手紙を大事に保管しているものだ。


 50通以上溜まったその手紙は、昨年の12月に届いたものを最後に途切れている。おそらく手紙自体は千咲の家に届いているのだろうが、あれから家には行っていないので確認はしていない。


(でも、本当に見つかるなんて)


 小学生の時以来見ることのなかった母親の姿を、まさかこのタイミングで見ることになるとは思いもしなかった。しかもそれが見張っている店で働いていたのだからどうすればよいか少し困ってしまう。


(……母さんも実は関係者だったりするのかな)


 バレットプレートで働く人々全員が黒陰関係者ではないだろうが、接点がある以上は何かあるかもしれないと勘ぐるのは仕方のないことだ。


「そういえば……!」


 千咲はふとファイルをパラパラとめくり始めた。そしてその中の1通の手紙を取り出す。昨年の10月に届いた手紙だ。


『雫へ 

 元気かな? 私はいつも通り元気だよ。今は十月ってことで私たちが離婚して四年がたったんだね。あれから一度も会えてないけど私はいつも雫のこと思ってるから。話が変わるけど一つお知らせがあるの。今まで働いていた会社を辞めて新しい場所で仕事をすることになりました。どんな仕事かは秘密♡ でもみんなのためになる仕事だよ。私は新しい環境で頑張るから雫も受験勉強頑張ってね。あ、でも無理はしちゃだめだよ。雫は雫らしく頑張ってね。ではでは、引き続き楽しい学校生活を送ってね。徹にもよろしく。またね。

 金崎かねざき唯奈より』


(……この新しい場所ってバレットプレートのことなのかな?)


 徹から聞いた話ではあるが、離婚後はしばらく弁護士事務所で働いていたらしい。少なくともお金の面ではほとんど心配なさそうではあるが、それを辞めてまで唯奈は銃砲店に勤務したいと思ったということだろうか。唯奈がそこまで銃が好きだという記憶は千咲にはない。唯奈が正社員としてバレットプレートで働くのは無いだろうという気がした。そもそも銃砲店で働くことを「みんなのためになる仕事」なんて表現するだろうか。


(それともパートとして働いてる的な……)


 千咲はスマホを取り出してバレットプレートのホームページを開く。確かにパートアルバイトの募集ページは存在している。


(でもそれって……)


 ただのアルバイトならともかく、世間でよくいわれる「パート」として働いているのであれば、それはすなわち「主婦」が昼間の空き時間に勤めているということである。


(母さん、再婚してるのかな……?)


 少し信じられないことではあるが、その可能性も十分に考えられる。もちろん唯奈が決めたことであればそれを否定することはできないが、少し置いてけぼりにされた感があって悲しくなる。


(でも、それだったら手紙で報告してくるような)


 しかし、唯奈が手紙で再婚したことを報告してきてはいない。わざと隠していることも考えられるが、唯奈がそこまで千咲に対して気を遣うのであればそもそも手紙など送ってこないだろう。


「……はぁ。結局聞いてみるのが一番だよねー」


 既に居場所は分かったのだから、気になることは唯奈に直接聞けばいい。あとは千咲が勇気を出すだけである。


「千咲ちゃーん。お風呂空いたわよ」


 部屋の外から夜菜が声をかけてくる。千咲はファイルを閉じて棚に戻す。


「分かりましたー」


 外に聞こえるような声で返事をした千咲は、クローゼットから着替えを持って部屋を後にした。


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