046 追跡

 ——比呂がカフェを出てから気づけば6時間。千咲と航は3つほどのカフェを回っていた。あれから特に比呂から連絡もなく、千咲たちはただただ時間を潰すしかなかった。航に至っては今普通に寝ている。


 突然の母との再会にしばらく何も考えられなかった千咲だが、少しずつ落ち着いてきた。改めて考えると、唯奈と再会できたこと自体がもはや奇跡だ。所在が分かっただけでも大きな収穫である。


 唯奈はおそらく千咲の身に起きたことを知らないだろう。徹が亡くなった際も唯奈から連絡が来ることは何もなかった。そもそも伝わっていない可能性もある。


 唯奈のことは今日のことが終わり次第また考えるとして今は一旦忘れようと千咲は気持ちを切り替える。今日の目的はあくまで端地勇喜男の行動を見ることだ。


 ……ただそうは言っても千咲たちは実際かなり暇していた。彼が動かなければこちらも動くことはない。もちろんこれが見張りではあるのだが、比呂と違って彼を直接監視しているわけではないので、常に気を張っていることもない。ただカフェにのんびりしに来ていると勘違いしそうなほどだ。


 何もすることがないまま千咲も少しうとうとし始めた。今日は早起きだったわけだから、この時間に眠くなるのは仕方ない。こうして千咲はワンダーランドへ意識を飛ばそうとしたところで——。


 ブーブー。


 突然スマホが鳴る。千咲はビクッとしてそのままスマホを手に取る。比呂からの電話だ。


「……もしもし」

「千咲、動けるか?」

「うん、大丈夫」


 千咲の声に寝ていた航もすっと目を覚ます。


「彼が車に乗り込んだ。今すぐに総督の車で追う。今いるカフェの前で待て」

「分かった」


 すぐに電話は切れる。千咲はワンダーランドへの入場しようとする意識を頑張って呼び戻して席を立った。航が会計を済ましている間、千咲は店の外に出て総督の車を待つ。


 会計を終えた航とともにしばらく待機していると3分もしないうちに総督の車がカフェの前にやってきた。車が停止するとともに後ろの扉が開く。


「乗れ。すぐに出発するぞ」


 助手席の窓から比呂が顔を出して千咲と航に指示を出す。2人は黙って頷きそのまま後部座席に乗り込む。比呂の宣言通り車はすぐに動き出した。


「……比呂、詳しい状況を教えてくれる?」


 千咲はシートベルトをつけ終わると同時に比呂に尋ねた。


「ついさっき端地勇喜男が店を出て駐車場にある車に乗り込んでそのまま発車した。それを追ってる」

「彼の車は分かるの?」

「ナンバーや車種は覚えている。さっき近くにあるコンビニに入るところを目撃したからおそらくまだそこにいる」

「なるほどね」


 バレットプレート自体はまだ営業時間中である。何か用事があるのだろうか。とりあえず追ってみるしかない。


「……ちなみに比呂はどこにいたの?」


 常に勇喜男を監視しながらも、他の人に怪しまれないように待機できる場所。果たしてそんな場所はあるのだろうかと千咲は思っていた。


「屋上だよ」

「……なるほど」


 しかし返ってきた答えは割と単純なものだった。


「でも、どうやって上ったの?」

「隣に建物の外に非常階段があってそこから飛び移った。それだけだ」


 比呂の身体能力はやはり人並みではない。確かに屋上なら怪しまれることもないし、出入りする人を確認することもできるだろう。


「……簡単に言うけどさ、それ普通はやらないよ」

「そんなこと言ってたら大切な情報も手に入らない」

「まーたそれだよ」


 そうは言いつつも、千咲は比呂に対してほんの少し感嘆していた。……自分がやろうとはあまり思わなかったが。


 2分もしないうちに、総督は1つのコンビニの駐車場に入る。どうやらここが勇喜男の車が入ったところらしい。


「まだ車はあります、総督。あの黒い軽自動車です」

「……あれか。よし、車が出発して少ししたら追うよ」

「了解です」


 こうして待機すること2分。コンビニから勇喜男が出てくるのを確認した。手には袋を下げている。中身は確認できない。


「行くよ」


 黒い軽自動車が発進した後、少ししてから総督の車も発車する。見失わない程度に距離を取りながら追跡開始。


 勇喜男の車は片側2車線の大通りに出るとそのままスピードを出す。周りの車に配慮しながらも、できる限りの距離をあけないようにする。


「これからどこに行くのかな?」

「さあな」

「普通に営業に出た可能性もあるね。でも行ってみなきゃ分からない」


 彼を追った先に何があるのかは不明だ。だが、そもそも何が掴めるのか分からないのが見張りであり追跡というものである。


 勇喜男の車はしばらく大通りを直進し続ける。


「結構遠くに行きそうだね」

「そうですね」


 意外と遠出になりそうである。遠くの行くのであれば少なくとも自宅に戻るのではなさそうだ。


 勇喜男の車は赤信号で止まる。数台の車を挟んで総督の車も止まった。静かに勇喜男の車の様子を伺う中、車のエンジン音だけが耳に届く。しばらくして信号は青となり、勇喜男の車が動き出す。


 ——その時だった。突然勇喜男の車が一気に加速し、スピードを上げた。


「……なんだ?」

「総督、とりあえず追えますか?」

「分かってる」


 総督の車も負けじと加速してスピードを上げる。あっという間に法定速度を上回った。しかし、勇喜男の車は周りの車の間を車線変更しながらどんどん先に行ってしまう。


「まずいね……」


 総督は懸命に追おうとするも、勇喜男の車が黄信号ぎりぎりで交差点を通過。直後赤信号に変わったことで千咲たちは止まらざるを得なかった。


 そうして気づけば勇喜男の車は見えなくなってしまった——。


「見失ったか……」

「……もしかしてバレたのかな?」

「いや、確かにしばらく同じ道を走っていたが、この大通りで俺たちの車を特定すること自体は容易ではないと思う」


 比呂の言う通りである。この大通りで総督の車が自分を追っていると判断するのはかなり難しい。コンビニを出てから現在までわずか5分程度である。たまたま同じ方向を走っていたと主張されてもそれを否定はできない。


「でも、急にスピードを上げたってことは何かに気づいたってことだよね」

「そうだな。あんな危険運転するくらいだ、何かあったのだろう」

「……とりあえず一旦追跡をやめよう。戻るよ」

「そうですね」


 こうして4人はUターンをして来た道を戻り始めた。


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