045 バレットプレート

 カランという扉についた鈴の音とともに入店した千咲は、さっそく店の中を見回す。銃本体だけでなく、多種多様な弾やメンテナンス品まで数多くの商品が千咲の目に入ってくる。


 入り口の右側にはカウンターがある。今は若そうな男性店員が1人の客に対応していた。店内は今日が休みの日ということもあって朝にも関わらずそれなりに人がいる。


 店の奥に進むと、数多くの銃本体がガラスケースに並んでいる。千咲は銃砲店に入ること自体初めてであり、目の前に広がる光景は千咲にとって新鮮なものであった。


(すごい……)


 並んでいる銃を見ると海外から輸入されたものや、日本では滅多に見ないものがいくつか並んでいる。値札を見てついつい圧倒されそうになるが、これが店の評価が高い理由の1つなのだろう。


 ちなみに店にいるのはほとんどが大人であり、高校生である千咲はその中で少し目立っている。銃砲店自体は誰でも入れるわけだが、高校生がたむろしに来る場所では決してないので、少しだけ居心地が悪さを感じた。


 そんなこんなで店内を見回っていると、ふとカウンターのほうから店員の声が聞こえた。


「店長、これはどうしますか?」

「それは奥で保管するから、右にある棚に置いておいてください」

「分かりました」


 先ほどまで客の対応をしていた男性店員が大きな箱を持って奥に消えていく。カウンターには店長と呼ばれた男が残った。ニコニコとした顔で入店した客に声をかけている。


(あれが端地勇喜男か……)


 もう少し怖いイメージをしていたが勇喜男はその逆だった。見た目はとても優しそうな顔をしており、笑顔がとても似合っている。


(本当に裏があるのか疑うレベルだ……)


 そんなことを思いながらカウンターの様子を眺めていた千咲。そこにふと先ほどとは別の、今度は女性の店員が入ってきた。


「店長、おはようございます」

「——えっ」


 その顔を見た千咲はその瞬間大きく目を見開いた。千咲はあまりの驚きにその場から動くことが出来ない。


 その顔は千咲が何度も見たもの、そしてかつて一番身近にあった存在。しばらく会っていないからといって簡単に忘れることのない顔。


「カウンター対応、変わりましょうか?」

「ではよろしくお願いしますさん」



「——母さん……?」



 ※※



 カフェで比呂と航は2人でコーヒーを飲みながら千咲が戻ってくるのを待っていた。


「先輩、端地勇喜男の姿は確認できましたか?」


 比呂がカップを持ちながら航に尋ねる。


「うん、思ったより優しそうだった」

「優しそう……ですか」


 比呂はコーヒーを一気に飲み干す。カタンという音を立てながらカップを置いた。


「本条は正直どう?」


 今度は航が比呂に尋ねる。


「……千咲は俺から見てもとても優秀です。さっき直接本人にも伝えましたが、毎日しっかりと練習していることはすごいと思います」

「二条が褒めるなんて、珍しい」

「それだけ偉いってことです。普通の人ならやめると思います。俺たちが変わっているだけですよ」


 銃社会とは言いつつも、毎日街中で銃撃戦が発生しているわけでもない。だからこそ毎日欠かさずに練習している人などほとんどいない。千咲はある意味努力家なのである。


「僕でも、3日に1回くらい」

「先輩はもともと上手だったので比較にならないですよ。俺たちはいわゆる凡人なので」

「二条は、僕なんかよりうまい」

「そんなことないですよ、先輩の実力は総督も認めています」

「それはお世辞」


 航は少しだけ苦笑いをする。実際のところ、航の銃技は比呂には及ばないもののかなり上手い。白陰に入る前から銃技は得意だったとか。


「ただ、千咲はこのまま俺の実力を超えるかもしれません。それくらい素質があると思っています」

「それはおおむね同感」


 千咲の素質は全員が認めるものである。努力を怠らない千咲の成長は間違いなく想像を超えるものになるだろう。


 そんな会話をしているとカフェの入り口の扉が開く。千咲が比呂と航のテーブルにやって来た。


「お疲れ千咲。お前から見てどうだった?」

「……」

「……千咲?」


 千咲はしかし浮かない表情のまま無言で比呂の隣に座る。比呂が千咲を見て首を傾げた。


「本条、どうした?」


 航も気になる顔で千咲を見ている。千咲はしばらく黙ったままだったが、静かに口を開いた。


「——母さんが……いた」

「……本当か?」


 唯奈の行方が分からないことを知っていた比呂は、驚いた顔で目を見開く。千咲は小さくうんと頷く。


「バレットプレートの……店員だった」

「……声はかけたか?」

「……ううん、まだ。話しかけようと思ったけど、怖くてできなかった。……ずっと会いたいって思ってたけど、実際に会うと体が動かないんだよね……」


 千咲の言葉に比呂と航はともに黙り込んだ。千咲自身もまさかの展開にどうすればいいのか分からなかった。


「……そうか。千咲、今すぐにでも話したい気持ちはあると思うが、一旦我慢できるか? また話す機会はすぐに訪れる」

「……うん、逆にそうしてほしいかも。急すぎて頭の整理が追い付かないから」


 千咲は普通に混乱している。しばらく考える時間が欲しいと思っていた。千咲の言葉に比呂はうんと頷く。


「よし、ここから俺は単独行動に入る。2人で交代で近くにいてほしい。航先輩、あとはよろしくお願いします」

「分かった」


 そう言って比呂は席を立つ。千咲は一度立って比呂に通路を譲り再び座る。そのまま比呂は店を出ていった。


 しばらく千咲は下を向いたまま、この後どうするべきなのか考えていた——。


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