044 聞けない過去

 9時半過ぎ。バレットプレートの近くに到着した千咲たちは総督の車から降りる。まずは店の様子を各々知るために1人ずつ入店する予定だ。3人まとめて入らないのは、全員が一度に目を付けられるリスクを無くすためである。


「まずは航先輩が行ってください。次に千咲、最後に俺が行きます」

「分かったよ」

「うん」


 こうして航は1人で、既に営業を始めているバレットプレートの中へ消えていった。


「……どうして航先輩が最初なの?」


 最初に行くのは千咲自身だとばかり思っていたが、比呂の選択は航だった。


「航先輩は実はかなり観察力が良くてな。店の全体像や、店員の名前などは一度覚えたら簡単には忘れない。だから最初に店のことを見てもらって気になる点を教えてもらうんだ」

「なるほどね」


 航は普段とにかくおとなしい。それゆえ普段からぼーっとしていそうな感じだが、それとは正反対らしい。ガタイがいいのにおとなしいのもそうだが、航は見た目で人を判断してはいけないことを象徴する人物だと千咲は思う。


「さて、航先輩はしばらく出てこないだろうから俺たちは近くのカフェで待つぞ」

「おっけー」


 バレットプレートの近くにはカフェがいくつかある。さすがに同じカフェに何度も立ち入りするのは失礼なので、順番に回る予定だ。まずは少し離れたところにある古民家風のカフェに入る。


「空いてる席へどうぞ」


 扉を開けるとカウンターから店主が千咲たちのほうを向いて言う。千咲たちは一番窓際の4人席に座る。残念ながら角度的にバレットプレートは見えない。


 千咲がカフェラテ、比呂がブラックを頼む。


「……こうしてカフェで2人なのも12月の時以来だね」

「そうだな」


 比呂がまた窓の外を見ながら返事をする。千咲は少し12月のことを思い出していた。


「……あの時から私は少し成長したのかな」

「心配するな。俺から見てもお前はかなり優秀だ」

「……本当にそう思ってる?」


 比呂の褒め言葉をある程度受け入れられるようになってきたものの、まだお世辞じゃないかと疑ってしまう部分もある。


「本当だ。……正直、お前ほど毎日練習してるやつはいない」

「……そうなのかな? みんなもっとやってるものだと思ったけど」

「夜菜先輩を見てそれを言えるか?」

「それは……」


 夜菜は週に1回ほど千咲の練習を手伝う程度で、自ら練習しているのを千咲はほとんど見たことはない。


「……でも先輩は他にすごいところがあるじゃん」

「銃技以外で優れているところが無い人間のほうが少ないだろ。……千咲、俺と夜菜が一緒に練習してるところ見たことないだろ?」

「そういえば……」

「先輩から聞いたかもしれないが、夜菜は俺と練習するのを拒否したんだ」

「……え?」


 千咲はかつて入学式の帰りに、夜菜が比呂と練習する気にならないと言っていたことを思い出した。その時夜菜の表情に陰があったのを千咲は覚えていた。


「何かあったの?」

「最初の頃はお前と同じように練習してたんだが、ある時から突然やらなくなったんだ。一応理由を聞こうとしたんだが、残念ながら聞き出せなかった」

「……比呂が強すぎて無理だと思ったとかかな?」

「それだったら俺にそう言えばいい。多少の手加減くらいはできるし、そもそも夜菜先輩はそこまで下手ではない」

「そうだね……」


 普段はとにかく明るくムードメーカー、かつ白光屋のお姉さん的まとも枠である。あんなに笑顔が似合う夜菜に一体何があったのか。


「千咲、気にはなると思うが、直接夜菜先輩に聞くのはよせ。本人の心には何か大きな傷があるのかもしれない」

「分かった」


 比呂の言葉に千咲は頷く。他人の過去を聞いてはいけないのは白陰のルールでもあるが、そもそも心に残った大きな溝を覗くようなことをするのはマナー違反である。


 千咲の過去のことは比呂以外知らないし、航も夜菜も聞いて来ようとはしない。逆に言えば、千咲は航や夜菜の過去は全く知らない。


 一応比呂は夜菜を助けてもいるので何かしら知っていることはあるだろうが、教えてくれることはないだろう。


 そんなこんなで運ばれてきたコーヒーを飲みながら待つこと20分ほど。航が同じ店に入ってきた。


「お疲れ様です先輩。どうでしたか?」


 航は比呂の隣に座ると小さく首を横に振った。


「一通り見たけど、特に気になる点はなかった」

「そうですか」


 さすがにバレットプレートの店には怪しいところはなさそうだ。……逆に怪しいところがあれば普通に店として問題なのだろうが。


「千咲、お前の番だ。簡単に様子を見てこい」

「すぐ戻ってくるね」


 店主に曖昧ではあるが事情を話し、外出許可を頂いた千咲はそのまま店を出る。バレットプレートまではおよそ300メートルの直線。


 バレットプレートの外観はかなりモダンな感じである。全体が黒で統一された外壁に、表は全面ガラス張り。看板には英語でバレットプレートの文字。


 手前に引くタイプの扉を開け、千咲は店内へ入った——。


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