041 中庭で

 その夜。千咲はベットに寝転がりながらスマホで音楽を聴いていた。


 聞いているのは八酒佳紀やざけかきというシンガーソングライターの曲『不可ふか』。先日愛花が好きと言っていた佐坂瑠加さざかるかと同じ事務所から同時期にデビューしていて、お互いライバル関係として活動をしている。


 千咲はどちらも好きであるが、どちらかと言うと矢酒佳紀の歌声のほうが好みである。いつかはライブに行ってみたいと思ってはいるが、今は我慢するときなので仕方ない。


 そんな感じでゆったりしているとスマホがピロンと鳴る。確認すると1件の新着メッセージの通知が届いている。メッセージが来ていたのは千咲たち4人のグループチャットだった。


『鈴:明日の昼中庭で食べない?』


 内容は明日の昼食場所のことであった。普段は教室で4人固まって食べているが、明日は外で食べたい気分なのだろうか。


『千咲:いいけどどうしたの? 鈴がそんなこと言い出すなんて』

『鈴:ただそうしたいだけ。ダメ?』

『千咲:まあいいか。分かったよ』


 結局理由は分からないが、たまには気分転換としていいだろう。チャットには愛花と凪からグーサインのスタンプが送られてきている。


「んーー……」


 千咲はベットの上で大きく伸びをする。そのまま脱力していた千咲は、いつの間にか夢の世界に旅立っていた。



 ※※



 翌日。ゴールデンウィーク前最後の登校日。明日からの連休に、学校全体が少し浮わついている感じがする。


「じゃあ~移動しようか!」

「そうだねー」


 昼休みに約束通り中庭に移動した4人。中庭にはベンチが並んでいるが、そのうちの2つに、左から凪、愛花、千咲、鈴の順に座った。


 弁当を広げて食べ始めた4人。しばらく無言状態が続いたあと、千咲は改めて鈴に質問をした。


「……ねー鈴、どうして今日はここで食べようと思ったの?」

「それは……」


 鈴は何かを言いかけて一度視線を千咲から外す。そして愛花のほうを見ると、2人で同時にうんと頷いた。千咲と凪はそろって首を傾げた。


「実は……千咲っちに聞きたいことがあって」

「聞きたいこと?」

「そう、教室じゃ話しづらいと思って」

「……内容は?」


 鈴は一度3人に聞こえるように深呼吸をすると、千咲の視線をばっちり捉えて聞いてきた。


「——千咲っち、彼氏いる?」

「……は?」


 千咲は口に入れようとしていた卵焼きを落としそうになる。愛花の隣で凪も目をまん丸くしている。


「……どうして?」

「急にどうしたんですか、松野さん?」


 千咲と凪は同時に鈴に尋ねる。そこに愛花が入り込んできた。


「実はね~昨日鈴ちゃんが千咲ちゃんが男子と帰るところを見たんだって!」

「あー……」

「……別にこっそり見たわけじゃないけど、たまたま遠くから見えて」


 千咲は昨日の帰りのことを思い出す。教頭である昇と会った後、比呂と2人で白光屋に帰った。昇降口から一緒だったから、どこかで見られていたのだろう。


「……でも松野さん、それだけで彼氏っていうのは気が早くないですか?」


 凪の疑問に千咲も頷く。いくら帰りに男子と一緒だったとしても、それは別の用事があった可能性だってある。しかも1回見ただけで決めつけるのはさすがに考えすぎだと感じる。……もちろん千咲は比呂と付き合っていない。


「ウチも最初はそう思った。でも、愛花っちが昨日のこと話してきたから」

「……もしかして昨日の授業中の?」


 千咲は鈴に尋ねる。返事は反対側から返ってきた。


「千咲ちゃん、昨日授業中に誰と連絡してたのか聞いたときちょっと怪しかったからさ~」

「……そういうことね」


 千咲は2人が言いたいことを完全に理解した。愛花と鈴がたまたま同日に怪しいところを目撃したので、それによって彼氏いる疑惑が現実味を帯びたということらしい。


「……それで本当なのかなって思って今日ここに来たってこと! さっきも言ったように教室じゃ話しにくいと思ってさ」

「……」

「あ~もちろん千咲ちゃんを困らせたいわけじゃなくて、ちょっと聞きたかっただけだから」


 さすが中学からの仲良しコンビ。情報共有と行動の早さに驚きつつも、千咲はどう返そうか迷っていた。


 下手に誤魔化そうとすれば、昨日の愛花と同じようなやり取りになる。だからと言って、千咲の置かれた状況まで話すことはできない。


「本条さん……」


 凪が複雑そうな顔でこちらを見ている。凪もどうすればよいか分からないのだろう。千咲はいろいろ悩んでいた。


 そこに横から鈴が一言。


「……昨日一緒にいた人って、二条さんって言ったっけ? 昨日部活の友達から聞いたんだけど」

「……!」

「二条さんって確かあの時の……。銃技部の中でも話題になってました」


 凪も思い出したように頷いている。どうやら名前まで知られていたようだ。千咲はこれ以上焦らすのも仕方ないと思った。


「……分かった。じゃあ話すけど」


 千咲は3人を順番に見てから話し始めた。3人の視線が1点に集まる。


「昨日一緒にいたのはその二条比呂で合ってる。授業中に連絡してたのもそう」

「……じゃあやっぱり」

「期待しているところ申し訳ないんだけど、彼とは付き合ってないよ」


 千咲はきっぱりと言い切る。愛花と鈴が小さくあーと言った。


「そうなんだ~。でも、彼とはどういう関係? 中学からの知り合いとか言ってたけど?」

「去年の冬に私、いろいろあってね。詳しくは話せないんだけど、その時に彼にお世話になって、それ以降ちょくちょく話すようになったんだ。それで昨日は放課後帰っていたってこと」


 千咲は嘘にならない程度に曖昧な表現を使いながら話せる部分を伝える。


「なるほどね」

「そういうことか~。勘違いしちゃってごめんね!」


 愛花と鈴が納得した顔をしている。あまり深堀りしてこないのはありがたい。


「……でも千咲っち、もしかして気になってたりするの?」


 鈴が今度は違うベクトルの質問を飛ばしてきた。


「いや、特にないかな。実際、彼のことあんまり詳しくないし」


 これは8割程度本当である。比呂に対して気持ちが無いのは事実であり、かつ比呂の趣味や休日の過ごし方などは千咲もよく知らない。


「へぇ~。ちょっと思ってたのと違ったけど、話してくれてありがとう!」

「なんかごめん」


 愛花と鈴がぺこりと頭を下げた。いずれは聞かれることだろうと思ってはいたので、穏便に済むならそれに越したことはない。


「そうなんですね。でも私、その二条さんとお話ししたいです」

「そうなの?」

「はい、あんなに銃技が上手いんですから、いろいろ技術の話とか聞きたいんです」

「……そうか」


 銃技部である凪からすれば、上手な人から話を聞きたいと思うのは自然なことである。あれだけの技術を目撃すれば、当然興味が湧くだろう。


「……今度聞いてみるよ」

「本当ですか! ありがとうございます」


 こうして昼食を食べ終えた4人は、予鈴が鳴るとともに教室に戻った。——とはいえもっと上手な聞き方があったと思うのだが、なぜ昨日の今日に唐突に尋ねてきたのか。千咲は午後の授業を受けながらそんなことを考えていた。

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