040 共通点
応接室を出た2人は学校の廊下を歩いていた。時刻は18時過ぎ。部活を終えて帰っている生徒の姿が見られる。
「教頭先生ってあんなに穏やかな人だったんだね。教頭ってなんかもっと怖いイメージあったけど」
「あの教頭は本当に優しいからな。何度か本部に来たのを見ているが、一度も怒ったり叫んだりしているのを見たことがない」
比呂も認めるということは本当に優しいんだなと改めて感じる千咲。
「それにしても銃をコレクションしてるなんて意外だなー。銃技が上手くなくても見るのが好きってびっくり」
「案外そういう人もいる。教頭はかなりマニアックなものまで揃えているらしい。俺も一度見てみたいが」
千咲も当然銃のコレクションなど見たことがない。あまり銃自体には興味がない千咲であったが、実際に並んでいるのを見ると夢中になりそうな気もする。
「こんなに近くに端地勇喜男と接触している人がいたなんてね。バレットプレートって何度も訪れたくなるほどいい店なのかな」
「確か店の評価はかなり高かったはずだ。おそらく珍しいものまで取り揃えているのだろうな」
銃社会である今、銃砲店の数はそれなりにある。しかし何度も店を訪れる人などそれこそマニアな人くらいである。その中で評価が高いということは、マニアからも受け入れられている証拠だろう。
「だが残念ながらプライベートなことは聞けなかった。さすがに一般客に個人の話をすることはないか」
「そうだね。でもさすが店長って感じだね。毎朝練習してるなんて。私も朝活としてやってみようかなー」
「……ちょっと待った」
千咲がそんなことを言っていると、突然比呂は立ち止まりポケットからスマホを取り出した。
「どうした比呂?」
比呂は何も答えないままスマホを操作していた。
「……やっぱり」
しばらくしてから比呂は小さくつぶやいた。比呂は千咲のほうを見る。
「さっき、毎日朝練習しているって言ってたよな?」
「そう言ってたと思うけど……?」
「これを見てほしい」
比呂はスマホの画面を千咲に見せた。そこにはバレットプレートの営業時間が書かれている。
「この店の営業時間は朝9時から。休みである火曜日以外は毎日そうだ。そして……」
比呂はスマホを少し操作して再び千咲に見せる。
「これがバレットプレート周辺にある公共の銃技場の営業時間だ」
千咲は画面を見つめながら、比呂が言わんとしていることが分かった。
「……どの銃技場も9時からだね」
「そう、毎朝行こうとすると9時には店が開けられない。もちろん1人で営業しているわけではないだろうが、わざわざ店長がいないのに朝早く店を開ける意味が分からない」
「それってつまり……」
「ああ、あくまで可能性だが」
比呂は一度間をおく。千咲は唾をごくりと飲んだ。
「——家に銃技場があるかもしれない」
比呂はそう言った。2人の間にしばしの沈黙が流れる。
「……本当に?」
「逆にそれなら説明がつく。そもそもお前が朝練習しようと思ってできるのも、白光屋に銃技場があるからだ」
「……確かに」
千咲にとっては家に銃技場があるのが当たり前になりつつあったが、そもそもそれは全く当たり前のことではない。
そして千咲は、12月のカフェでの会話を思い出した。
「——もし、家に銃技場があるなら、それは宗太の家と同じ……」
「……そうだな。もしかしたら、何かそこに繋がりがあるのかもしれない」
「……たまたまだといいけど、でも」
「彼の家——火雅也家が、黒陰に少なからず関わっている可能性が少し高まったな」
「……」
たどり着いたその仮説は千咲にとっては信じたくないものだ。もし本当にそうだとしたら、千咲が狙われた理由に宗太が関係している可能性が高くなるのだから。
「千咲、まだこれは可能性でしかない。本当のことは俺たちで確認するまで分からない」
「……うん」
「今は忘れよう。これ以上千咲の心が傷つくことは俺も望んでいない。今日はとりあえず帰ろう」
千咲は黙って頷く。比呂それを見ると静かに歩き始めた。千咲もその後ろをついていく。その後は何も喋ることなく校舎を出た2人は、そのまま正門をくぐり家路に着いた——。
※※
「——あれ、千咲っち?」
部活が終わって友達と帰ろうとしていた鈴は、ふと正門を男子とともにくぐる千咲の姿を発見した。
「なになに? 友達?」
同じテニス部の女友達が聞いてくる。
「うん、同じクラスで仲がいい」
「あっ、男と一緒にいるじゃん。もしかして彼氏かなー? まだ入学して1カ月なのに」
「分からないけど……。でもあの男子どこかで見たような……」
「ねぇ、あれって二条じゃない? 私と同じ3組の」
「二条? ……あっ」
鈴はその名前を聞いて思い出した。初回の銃技実習の時、一番最後に圧倒的な実力を見せていた人。中学の時は学年で一番だった鈴も、あまりの上手さに衝撃を受けたのを覚えている。
「あの人誰とも話そうとしないんだよねー。休み時間もいつも勉強してるし。なんか怖そうだから近づきたくもないよ」
「そうなんだ。でもなんで千咲っちと一緒にいるんだろう」
「やっぱり彼氏なんじゃなーい?」
友達がウキウキとした顔で言ってくる。気持ちは分かるが、決めつけるのはまだ早い。
「……でも、彼と話してるところは初めて見た」
「まだ1カ月だもん。そりゃ見たことなくても不思議じゃないでしょー」
「それはそうかもしれないけど……。でも千咲っち部活も入ってないし」
「確か二条も入ってなかったと思うよ。同じ帰宅部同士ってことで」
友達が指でハートマークを作っている。鈴はほんの少し呆れていたが、でも本当なのだとしたら……。
「……今度千咲っち聞いてみる」
「突然聞いたらダメだよ。上手く誘導しないと乙女心傷つけちゃうからねー」
「分かってる」
鈴は友達の受け答えをしながらも、頭の中では既に姿が見えなくなった千咲のことを考えていた。本当に彼氏かは分からないが、千咲の可愛さであれば1カ月で付き合っていてもおかしくないと鈴は思った。
(……でも、いいな)
鈴は少しだけ羨ましさを感じながら、徐々に暗くなってきた空を静かに見上げていた——。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます