038 どこかで

 放課後。正門前にたどり着いた千咲は他の3人を待っていた。校舎からダッシュで門をくぐる人、友達と談笑しながらゆったり帰る人、これから外部で部活なのかユニフォームを着て集団で歩く人々、いろいろな人がいて観察するだけでも意外と面白い。


「お待たせ千咲ちゃん。まだ他の2人は来てない?」

「お疲れ様です先輩。そうですね」


 3分ほどすると夜菜がやって来た。改めて見ると、夜菜は本当に背が高い。


「千咲ちゃん、そろそろ4月が終わるけど学校はどう?」


 夜菜が千咲のほうを見て尋ねる。


「結構楽しくやってます。まだ勉強も全然ついていけるので問題ないです」

「さすがね。私は数学が本当に苦手で。文系を選んだのにまだ数学をやらなきゃいけないのがきついのよね」


 この学校では2年生から文理分かれたクラス編成がなされる。とは言っても数学の授業が無くなるわけではないので、文系を選んだところで数学から逃げられるわけではない。


 一方の千咲は数学が好きなタイプ。おそらく理系選択になるだろう。


「頑張るしかないですよ。くれぐれも赤点取らないでくださいね」

「それだけは何としても避けるつもりよ」


 夜菜が小さくガッツポーズする。千咲は果たして大丈夫なんだろうかと思いながらも、そうこうしているうちに航と比呂が一緒にやって来た。


「待たせたな。今日は総督が迎えに来てる。近くのコンビニに行くぞ」


 そう言うと、比呂はとっとと歩き始めた。航、夜菜、千咲の順でその後ろを付いていく。


「今回は総督が来るんですね」

「それほど大きな発見だったのかしら」


 指紋が検出された人物は果たして誰なのか。それはこの後すぐに分かる。千咲は少しドキドキしながらコンビニまでの道のりを歩いていた。



 ※※



「お疲れ様。とりあえず乗ってほしい」


 コンビニで少し買い物をした後、総督と合流した4人。6人乗りの車に航が助手席、比呂と千咲が真ん中の列、夜菜が最後列に座る。そのまま車は発進した。


 しばらく沈黙が続いた後、総督が口を開いた。


「……詳細は本部に着いてから話すつもりだよ。簡単に説明すると、ご存じの通りある1人の指紋が検出されたんだ。昨日の夜に結果が出て、そこからその人のことをある程度調べたところだ」


 そう言って総督は再び黙った。車は首都高速を走っている。平日の昼間なのに交通量はやはり多い。その後誰も喋ることはなかった。


 ——15分後。本部があるビルにたどり着き、先に車を降りた4人はエレベーターで降りて本部の広間に到着。総督が戻ってくるのを待つ。


「……それじゃあ詳細を話すとしようか」


 総督が戻ってきたところで4人が周りを囲む形で話がスタート。


「——結論から言おう。今回検出されたのは、端地勇喜男はしじゆきおという人物で、年齢は37歳だよ」

「端地……?」


 千咲はその名前に反応した。


「……もしかして知っているのかい?」

「いえ、存じてはいませんが、どこかで聞いたことある苗字だなと思ったんです」


 千咲は脳をフル回転させて記憶をたどる。


「それはどこで聞いたか覚えている?」

「……今思い出そうとしてはいるんですけど」


 しかし、千咲はなかなか思い出せない。たまたまどこかで耳にしただけかもしれない。ただ、よくある苗字ではないため覚えていそうなものではある。


「……勘違いかもしれません。話を進めていただいて構いません」


 しばらく考えるも結局思い出せないまま、とりあえず先の話を聞くことにした。またどこかで思い出すかもしれない。


「何か分かったらまた教えてほしい。さて、話を戻すがその端地という男についていろいろ調べてみた。そしたら——意外にも、その男の情報が手に入ったんだ」

「……それはどういう情報ですか?」


 比呂が総督に尋ねる。総督はその言葉を聞いてパソコンを操作し始めた。しばらくすると、広間にあるモニターにパッとあるホームページが映し出された。


「これを見てほしいんだ」


 それを見ると、東京にある銃砲店じゅうほうてんのホームページであった。店名はバレットプレート。


「……銃砲店か」

「怪しい感じがするわね」


 比呂と夜菜がそのページを見ながらつぶやく。


 この日本の銃砲店では、競技用だけでなく普段持ち歩く用のものなど、あらゆる種類の銃を取り扱っている。高校生以上であれば誰でも購入することができる。


 この店の紹介ページには端地勇喜男の文字とともに、簡単な店のモットーが書かれていた。どうやらこの店の店長らしい。


「とりあえずこれが私たちで見つけた内容だね。他にもいろいろ探ってみたが、特に目新しいものは出てこなかった」

「……こんなに簡単に情報が掴めるとは思いませんでした」


 比呂がモニターを見つめながら言う。隣で航と夜菜がうんと頷く。


「とにかく大事なのはここからだよ。この店に行けばおそらくこの男に会うことはできるだろう。見張っていれば家を突き止めることも可能だね。果たしてこの男が黒陰とどのような関係があるのかは分からないが、私たちにとって有益な何かが見つかることは間違いなさそうだよ」

「問題は、どのように行うか」


 航がそう付け加える。ここからの動きによっては大事な情報を手に入れられる可能性が十分にある。ただ逆に何かミスをすれば、命の危険に繋がることも事実だ。


「下手に動くことはできない以上、かなり慎重に行う必要がある。総督、これからどうしますか?」

「もうすぐゴールデンウィークに入る。君たちはそこで時間が出来るだろうから、そのタイミングで行動するのがいいんじゃないか?」

「分かりました。では、そのタイミングで店を見張ります」


 比呂は既に行動する気満々のようだ。


「二条はそれでいい。牧田もおそらく大丈夫だろう。だが、有馬と本条はどうする? 他の支部から応援を呼んだほうがいいかい?」

「見張りは俺たち2人で大丈夫です。他を無理に呼ぶのは良くないでしょう」


 一応千咲たち4人以外にもいくつか白陰の管理下のもと生活している人たちはいる。しかし、地方に住んでいるため簡単に東京に助けに来れるわけではない。


「なら、二条と牧田で行けるか? 念のため私も何人かを連れて現場近くで待機しよう。本部は別の人に任せる」

「私たちは……?」


 夜菜が総督のほうを見て尋ねる。


「2人は何かあった時にすぐに行動できるように家で待機していてほしいです」


 隣で比呂が答える。総督もそれに同意するように頷く。


「分かったわ」


 各々の役割が決まろうとした時、ふと千咲が口を開いた。


「あの、私行きたいです」

「……千咲ちゃん?」


 千咲は覚悟を決めたような顔で比呂と総督に向き直った。夜菜が心配そうな顔で見ている。


「私も力になりたいです」

「千咲、無理は危険だ。今回は俺たちもかなり慎重に動く。時には自分で判断して自分で対処しなければならない。もしもの時誰も助けに行けないことだってある。その時にお前は1人で行動できるか?」


 比呂が千咲に少し強めの口調で言う。


「……それでも、土曜日に思ったんです。私このままでいいのかなって。役に立ってるのかなって。私はまだまだなんです。だから自分で真実を知るって、運命を変えるって決めたからには動かなきゃダメなんです」


 千咲はしかし比呂の言葉には屈せず、一言一句力を込めて主張する。


「行かせてください。これは私のためです。……そして、宗太と父さんのためです」


 千咲の視線は比呂を捉える。比呂は腕を組んで考え込んでいた。5人の間にしばらくの沈黙が流れる。


「……本条がそう言っているなら、いいんじゃないか二条? 本人の意志も固いようだし、見張るだけならそこまで危険でもないだろう」


 沈黙を破ったのは総督だった。比呂はそれでも考え込んでいたが、少ししてから顔を上げた。


「分かった。お前も一緒に来い。ただし、自分のことは自分で守れよ」

「そんなこと分かってるよ比呂。そのためにいつも練習してるんだから」


 千咲は大きく頷く。比呂もそれを見て首を縦に振った。千咲は改めて心の中でその決意を固めていた——。


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