037 新たな証拠
「——例えばこの命題が真であるとする。すると、その対偶もまた真となる。ただし、この命題の逆と裏は真とは限らないから注意すること……」
カラオケから数日経った木曜日。ゴールデンウィークを目前に控え、少し浮かれ気分なクラスの雰囲気などつゆ知らず、千咲のいる2組では淡々と数学の授業が行われていた。
この学校では入学式に説明があったように1人1台パソコンを持参している。多くの生徒のパソコンの画面には、先生が配布した資料が映し出されている。そのままパソコンにメモをしている人もいれば、ノートにまとめ直している人もいる。
残念ながら、動画サイトを見たりネットサーフィンをしたりと、授業とは全く無関係なことをしている生徒も当然いる。後ろから2番目に座っている千咲にはそれが丸見えであった。
そういう千咲はというと、画面には資料を映しているものの特に授業を聞いてなかった。比呂に多少の影響を受けた千咲は少しずつ家で予習をするようになった。その結果、中学の時からそれなりに成績が良かった千咲は、ある程度の問題は独学で解けるようになった。この五厘学校はそこまで偏差値も高くなく、決して進学校でもないため、授業も千咲にとっては簡単だと感じていた。
(これもICTの時代だな……)
中学ではひたすらノートにメモを取っていた千咲は、時代の変化を実感していた。いずれは学校からパソコン室も無くなってゆくのだろう。
そんなことを考えながらぼーっとしていると、パソコンの画面に1件の通知が届いた。
内容はメッセージチャットの新着メッセージである。すぐに中身を開くと、送り主は比呂だった。本当は授業中なので開いてはいけないのだが、それは比呂の口癖である「そんなこと言ってたら助けられる命も助けられないだろ」理論で無視。
『比呂:例の銃の指紋検査の結果が出た』
先日の土曜日に回収した銃。あれから協力者のもとで指紋検査が行われていた。その結果がようやく出たらしい。
『千咲:どうだった?』
『比呂:1人の指紋が検出された』
『千咲:本当に?』
『比呂:俺も驚いたが、本当だ』
確かに検査を行ったものの正直な話、誰も指紋が検出されることを期待してはいなかった。それくらい黒陰は証拠を残さない組織だった。
しかし、ここに来てまさかの収穫が。
『千咲:とりあえずどうする?』
『比呂:学校が終わったら総督に話を聞きに行く予定だ。授業終了後、正門前で待ってる』
『千咲:夜菜先輩や航先輩は?』
『比呂:俺のほうで連絡を入れておく』
『千咲:了解』
千咲はチャットを閉じると、再びぼーっとし始める。相変わらず授業は淡々と続いている。果たしてこの授業を真面目に聞いている人はどれくらいいるのだろうか。
早く終わらないかなーと思いながら千咲はただただ時間が過ぎるのを待っていた。
※※
その授業後。授業終了の挨拶と同時に、体調が回復して今日から登校してきた愛花に後ろから背中をつんつんされた。
「……くすぐったいよ愛花。どうしたの?」
「ね〜千咲ちゃん、さっき誰と連絡取ってたの? 千咲ちゃんが授業中にチャットいじってるなんて珍しいね」
さすがに千咲の後ろに座っている愛花には全て見られてしまっている。全画面でチャットを開いてはいなかったから、中身は見られてないだろう。
「友達だよー。他のクラスの」
あまり内容を話すことはできないので、千咲は突っ込まれなさそうな無難な答えを返す。決して嘘をついてはいない。
「中学からの知り合い?」
「うーんまあそんな感じ」
これも嘘ではない。しかし愛花はまだ質問を重ねてきた。
「同じ中学の子いたんだね〜千咲ちゃん」
「あーそういうわけではないんだけど……」
さすがにここで嘘をつくのは良くないと思った千咲は正直に反応する。が、これが良くなかった。
「千咲ちゃんなんか怪しいな〜。もしかして、彼氏とか?」
「……!」
まさかここで彼氏というワードが出ると思っていなかった千咲は、少しびっくりしてしまった。千咲は一旦落ち着くために一呼吸挟む。
「いや違うけど……」
千咲はまずは冷静に否定した。ここで彼氏がいると勘違いされると、この後が少々面倒くさい。
「本当かな〜? でも千咲ちゃん可愛いもんね! いても不思議じゃないよね」
「だから違うって。ただの友達だよー」
「うんうん。そう言いたい気持ちも分かるよ!」
だが、愛花の彼氏いるよね攻撃は続く。さすがにこのままでは良くないと思った千咲は、仕方なく無視する選択をした。愛花の言葉に反応せずそのまま立ち去ろうとする。
「あ〜待ってまって! ごめんって千咲ちゃん。冗談だから〜」
愛花が両手を合わせて頭を下げている。案外すぐに降参してきたので、千咲は振り返って愛花を見た。
「本当にいないからね」
「わかったからごめんって~」
「……でも愛花がいつも通りになって良かったよ」
もう一度念押しをして、愛花の頭を軽くなでなでする。今日の朝来た時はかなり辛そうな顔をしていたので、千咲は安心していた。
それと同時にいつかやり返そうと思う悪い千咲であった。
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