035 顧問
翌日の日曜日。千咲は集合時間よりも30分前に学校前にたどり着いた。さすがに早かったのか、まだ誰も来ていなかった。
千咲は少し時間を潰そうと学校の敷地内に入った。今日は日曜日ではあるものの活動をしている部活もあるため、校舎の入り口は開いている。
千咲は校舎内に入る。特に用事があるわけはないものの、とりあえず自分の教室に向かうことにした。私服を着ている千咲は、本当は制服を着なくてはいけない。だが、そこまで人がいるわけではないのでバレることはないだろう。そんなことを思いながら千咲は階段を上る。
1年生の教室は一番上の階にある。その階の端にある音楽室から、菅楽器の演奏が聞こえてきた。吹奏楽部だろうか。
2組の教室を覗くと、案の定誰もいなかった。廊下の窓からグラウンドを見下ろすと、サッカー部が練習しているのが見えた。野太い声を上げながら、必死にボールを追いかけている。
「……青春だなー」
部活動の形が変わりつつある今、部活に青春を捧げる人は少なくなっているのかもしれない。しかし、それはとてもカッコいいことだと千咲は思っている。結局部活に入ることを辞めてしまったが、実はまだ迷っている部分もあった。
もし徹も死ぬことなく千咲も狙われなければ、千咲は
「はぁ……」
千咲は小さくため息をついた。
人生何があるか分からない。小さいころからいろいろな人に言われ続けたその言葉が、今は千咲の心には大きく響いた。
「……あら本条さん、何か用事? 制服じゃないのは良くないけれど」
しばらく窓の外を眺めていると、後ろから声をかけられた。千咲の担任、桃香である。手にはパソコンを持っていた。
「あっ、先生すみません。……この後友達と遊ぶ予定があって正門前で集合予定なんですけど、まだ時間があったのでちょっとだけ暇を潰しに来ただけです……」
「そういうことね。特に用事があるわけじゃないんだ」
桃香はそう言うと、手に持っていたパソコンを床に置いて、千咲の隣に立って一緒にグラウンドを眺め始めた。
「……本条さん、サッカーが好きなの?」
桃香が外を見たまま聞いてきた。千咲も視線を動かさずに答える。
「あ、いえ。あんまり詳しくないです……。ただ、部活って青春だなって思いながらぼーっと見てただけです」
「そうなのね。でも、本条さん部活入ってないのよね?」
「はい」
「どうして? 青春したいなら入ったほうがいろいろ楽しいと思うけど」
桃香が言うことはごもっともである。しかし、決して千咲は入りたくないわけではない。やむを得ず諦めているのだ。
「……ちょっといろいろありまして。あんまり話せないんですけど」
ただ、当然桃香に事情を話すことができるわけもなく、千咲はただ誤魔化すことしかできない。
「……そう。自分で決めたことなら私は尊重するよ」
いろいろ聞かれるのかと思ったが、意外にも桃香は詳しく聞いてこなかった。
「でも、本当に悩んでるなら後悔しないようにするべきよ」
千咲は外を眺めながらいろいろ考えていた。桃香の言う通り、部活に入らなかったらきっと後悔はするだろう。ただ、残念ながら他の人と同じように普通の学校生活を送ることは難しい。
ふと、桃香が思い出したように言った。
「本条さん、銃技部入らない? あんなに上手だったんだから」
「……え?」
「私、一応銃技部の顧問なのよ」
千咲は先日、4人で帰り道に話していたことを思い出した。その時は少し興味を持ったが、まさか顧問が桃香だとは思わなかった。
「……銃技部って大変なんですか?」
「一応運動部ではあるけれど、実はそうでもないの」
「……そうなんですか?」
千咲は桃香のほうを向く。普通の高校生は銃技の練習自体学校でしかできないので、練習がかなり大変だと思っていた。
「この学校はあまり銃技に力を入れていなくてね。どちらかと言うと上手になりたいって人が集まってる部活だから、割とゆったり行ってるのよ。……危険が隣り合わせの活動だから、私がいる時以外は活動できないってこともあって、今のところは週に2、3回しか活動してないの」
「もっと大会とか目指してきつい練習しているのかと思いました」
「それは他の人にもよく言われるのよ。私は今年顧問になったばかりだけど、今までずっとそうだったみたいだから、あまり変えようとも思えなくて」
千咲は意外とありなのかもしれないと思った。時間に縛られないのであれば大きな影響は無いし、苦手な人の集まりであればガッツリ大会に出まくることもないだろう。
「……ちょっと考えてみます」
「いつでも待ってるよ。……それに、一応言っておくと銃技部入ったほうが本条さんにとってメリットがあるのよ」
「メリット?」
「ここでは秘密よ。詳しいことは入部したら教えてあげる」
桃香は千咲にニコッと微笑む。千咲は頭にはてなマークを浮かべた。
「それじゃ私、まだ仕事残ってるからこれで。友達と楽しんできてね」
そう言って桃香は床にあったパソコンを持ってそのまま歩き始めた。しかしすぐに止まって千咲のほうへ振り返る。
「あ、本条さん。学校の敷地内に入るときはちゃんと制服で来てね」
「すみません、次からは気を付けます……」
再び歩き出した桃香は近くにある階段に消えていった。
桃香が言っていたメリットとは何のことだろうか。今の千咲には考えても分からなかった。再び外に目をやると、休憩時間に入ったのか、サッカー部の部員が木陰で休んでいる。
「あ、やばい。もう時間だ」
時計を見ると、すでに13時57分。千咲は駆け足で階段を下り始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます