033 白光屋

 白陰の本部から戻ってきた3人。航がタクシー代金を支払っている中、先に比呂と千咲は白光屋の中に入った。


「おっ、いらっし——」

「ゴミ屋敷」


 店長——近藤翔こんどうしょうがいつものように挨拶しようとしたところを比呂は気にも留めずに合言葉を口にする。


「……もっと優しく扱ってくれてもいいんじゃないかぁ」

「その必要はないでしょ店長」


 翔は不服そうだが、比呂は振り返ることなくそのまま奥の階段に消えていった。それを見かねた千咲は、中にお客さんがいないことを確認して翔に声をかけた。


「いつもお疲れ様です」

「比呂はいつもあぁなんだよな。千咲ちゃんはしっかり挨拶してくれるのに」

「それは本人に言ってください。……おそらく直ることはないと思いますけど」

「それを言われちゃあおしまいだよ」


 実は白光屋の店長と言いながらも、翔は見た目以上にかなり若い。正確には多少老けているように見せている。そしてなんといっても銃技はとにかくうまい。……もちろん千咲たちの保護を担っているわけだから、何かがあった時に戦えなければ意味はないのだが。


「……それで、どうだったんだ?」


 翔が声を少し小さくして聞いてきた。当然翔にも情報は入っている。


「残念ながら黒陰の人たちを見つけることはできなかったです。ただ、代わりに少しだけ気になるものがありました」

「気になるもの?」


 翔が前のめりになって興味津々に聞いてくる。


「調べた貸しビルの中の部屋の中に椅子とロープ、そして床に散らばった銃がいくつもありました」

「へぇぇ。そんな漫画でよく見るような光景があるんだなぁ」

「今はその銃を1つ回収して指紋の調査を行っています」

「なるほどねぇ。奴らの目的は何なんだろうな」


 千咲の話を少し楽しそうに聞く翔。普段は店番をしているから暇なのだろうか、翔はこういう話を好む傾向がある。


「一応本部で総督と考えましたが、残念ながら分からなかったので一旦お預けってことになりここに戻ってきました」

「そうかぁ。ひとまずは指紋が出るかだね」

「そうですね。何か重要な証拠になるといいんですが」


 翔とそんな会話をしているうちに航が戻ってきた。翔が手を振っている。


「お疲れ、わたるん」

「えっ……わた、るん?」


 千咲は初めて聞くあだ名に航のほうをみた。航は特に気にしている様子はない。


「あれ、千咲ちゃんはわたるんって呼んでないの?」


 翔は千咲を見て首をかしげている。千咲は当たり前でしょという顔で翔を見る。


「呼ぶわけないですよ……。一応先輩です」

「いいじゃない、先輩だからこそ。ねえ、わたるん」


 翔がバトンを航にパスする。航は特に嫌な顔せず一言。


「僕は、どっちでもいいよ」

「そうは言われましても……」


 こういうところを一切否定しないあたり、やはり優しいんだなと千咲は思う。そりゃあ学校でモテるわけである。


「……でも、店長と航先輩ってそんなに仲が良かったんですか?」

「わたるんってここに住み始める前からここによく通ってくれていたんだよ」

「僕、駄菓子大好きなんだ」

「そうなんですね……知らなかったです」


 航が駄菓子が好きだということ自体考えたことなかった千咲は普通にびっくりした。そもそもめったに話すことのない航の趣味など千咲はほとんど知らない。


「っていうことは、航先輩はもともとこの近くに住んでいたんですか?」

「僕は大谷駅の近く」

「……普通に遠いじゃないですか」


 大谷駅は五厘駅からは3駅離れている。今日調べた西大谷駅はその次の駅である。


「今はもう、駄菓子屋が全然ない」

「……確かにそうですね。一応スーパーとかでも売ってはいますけど」

「やっぱり、駄菓子屋じゃなきゃ」


 時代の変化もあり、どんどん駄菓子屋の数が減っているのは事実である。それだけ駄菓子愛が強いことに千咲はただただ驚いていた。


「ただでさえ客足が少ないこの店の数少ない常連だったんだ。そりゃあ仲良くなるよねぇ。まさかそんなわたるんがここに住むことになるとは思わなかったけど」

「そういうことだったんですね……」


 千咲は2人の関係について納得していた。隣を見ると、航が駄菓子を見つめている。そしていくつか手に取ると、そのまま翔のところに持ってきた。


「これ、お願いします」

「はいよ」


 さすが駄菓子好きだなと思いながら千咲は会計の様子を見つめていた。よく見ると、すべて同じドーナツだった。


「航先輩、同じものしか食べないんですか?」

「そういうわけじゃ、ないけどこれが一番好き」

「わたるんはずっとこれが好きなんだよねぇ」


『甘すぎドーナツ』と書かれたそれは、どこか古い雰囲気を漂わせている。


「千咲ちゃんも食べてみたら? せっかく駄菓子屋に住んでるんだから、一つくらいならあげるよ」


 翔が千咲のほうを見て言う。航もぜひ食べてほしいと言わんばかりの顔をしている。


「ならお言葉に甘えて、一ついただきます」

「気に入ったらたくさん買ってねぇ」


 千咲は一つ『甘すぎドーナツ』を取る。急な任務でずっとお腹が空いていた千咲は、お腹が鳴るのを必死に抑えた。


「……では、私はこれで」

「僕も、戻ります」

「お疲れ様2人とも。ゆっくり休んでね」

「ありがとうございます」


 そう言って手に大量のドーナツを持った航とともに千咲は階段を下りて行った。その様子を見ていた翔は一度大きく伸びをして、思いっきり息を吐いた。


「……仕事、しなきゃなあ」


 翔はポケットにあるスマホを取り出して操作し始めた——。


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