032 思惑
タクシーを降りた一同は白陰本部に到着した。千咲がここに来るのは12月以来である。相変わらず目の前に広がる光景に非現実感を感じる千咲。
「ご苦労だったね」
「お疲れ様です総督」
広間でパソコンを操作していた総督に声をかけた比呂は、総督からケーブルを借りて、早速スマホをパソコンに接続する。
総督がパソコンを操作すると、正面にある大きなモニターに先ほど撮った部屋の写真が映し出された。
「なるほど。これか」
「そうです」
しばらく画面を見ていた総督は、そっと口を開いた。
「……らしくないな」
「……らしくないってどういうことですか?」
千咲が総督の一言の意味を尋ねる。
「奴らがここまで痕跡を残すのはらしくないってことだよ。ただでさえ工作得意な連中なのに、誰でも気づくようなこんなにほったらかしの状態にするとは思えない。当然こんなミスをするとも考えづらい」
白陰が組織されてから今まで約3年間、ほとんど証拠を掴めないほど情報管理と証拠隠滅が徹底している黒陰。確かにここに来て突然ヘマをしたとは考えにくい。
「……やはり奴らの思惑があるのか」
「例えば、あえて誰かに見つけてもらおうとしたとか?」
比呂がいろいろと考えている中、千咲が一つの可能性を提示する。総督がそれに答えた。
「かもしれないね。だが、仮に誰かに見つかることを想定していたとして、あんな貸しビルにわざわざ入る人がいると考えるのか?」
総督の疑問は真っ当なものである。たまたま千咲たちが見つけたものの、普通古びたビルに入ろうと思う人などまずいない。仮にあのビルの3階まで上がったとしても、鍵が掛かっていないから入ろうとわざわざ扉を開けるとは普通考えない。
「……まだ人がいて、撤収前だった?」
隣で静かに話を聞いていた航が尋ねる。
「それはないと思います。特に物音は聞こえませんでしたし、気配もありませんでした」
比呂がフォローをして、千咲も隣で頷く。総督が腕を組んで考え込んでいる。
「……となると、やはり奴らのミスなのか……」
「やはりこんな単純なミスをするとは思えません。それに……」
比呂が再びモニターを見つめる。
「ここまで銃が落ちているのも変です。いくら弾が入っていなかったとはいえ、1人を拘束するのにここまでの数が必要でしょうか」
「確かに。脅しにしては多すぎるよ」
4人はしばらくモニターを見つめながらあらゆる可能性を考えていた。しかし、どれもパズルのピースがはまるようなものではなかった。
「……実はただのいたずらとか、もともと前から置かれていたとか」
千咲はボソッとつぶやく。
「それだと、奴らがチャットに書き込んだ命令が行われていないということになる。西大谷駅周辺の空きのある貸しビルは回ったので全部だから、どこかで拘束されていたはずだ。さすがに店の中で拘束はしないだろうから、これは奴らの仕業と考えるのが妥当だと思うよ」
「それは俺も賛成です」
総督の言葉に隣で比呂も賛同する。結局結論が出ないまま、時間だけが過ぎていった。しばらく無言が続いた後、総督が口を開いた。
「……そうだ、忘れていたが二条、回収したものを出してほしい」
「そうでした……これです」
比呂は思い出したように回収した銃を取り出す。指紋が付かないように袋に入れてある。
「助かる」
そう言うと総督は、近くに座っていた男性に目で合図を送った。その男性は視線を見て頷き立ち上がる。
「これの指紋の解析を行ってほしい。できるだけ優先的に頼む」
その男性は静かにうんと頷くと、比呂からその銃を受け取りそのまま奥の部屋に消えていった。
「……本条は見るのが初めてだと思うが、今のが警視庁に勤めている協力者だよ。他にも何人かいるんだが、また機会があったら紹介するとしよう」
千咲のほうを見てそう言った総督は、再び比呂のほうに向きなおった。
「それで、今回は奴らを見つけることが出来なかったわけだが……」
「申し訳ないです」
「二条が謝ることではないよ。今までも何回かあったことだ。ただ、命が奪われていないといいのだが」
比呂は小さく頭を下げる。総督はそのまま言葉を続ける。
「残念ながら、奴らを見つけられなかった以上私たちにできることは何もない。とりあえず回収した銃を指紋検査したうえで、もし何か分かったらその時にまた考えることにしよう」
総督は航と千咲のほうを見た。
「本条も牧田も協力してくれてありがとう」
「僕は大丈夫、です」
「これくらいならなんとか……」
航と千咲はそう返答する。総督はそれを聞いてうんと頷くと一度席を立ち、先ほど男性が入った部屋のほうに行ってしまった。比呂はそれを見ると、そのままエレベーターのほうに歩き始めた。
「……もう帰るの?」
千咲が比呂に尋ねる。比呂は一度足を止めるも振り返らずに言った。
「ここでこれ以上俺たちがやれることはない。後は総督たちにお任せしよう」
再び比呂は動き出した。千咲は航のほうをチラッと見るが、航も静かにうんと頷いた。
「指紋検査の結果が出るまで、数日はかかる」
航がそう付け加えると、同じくエレベーターのほうへ歩き始める。千咲は一瞬躊躇ったものの、結局それに従うように動き出した。
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