031 調査

 比呂から送られてきたメッセージに添付されたマップを見ながら、千咲は目的の貸しビルまで早足で向かう。千咲が任されたビルは全部で3つ。まだ土曜の午後ということもあり、都心から離れているとはいえそれなりに人の数も多かった。


 千咲の時もそうだったが、黒陰は人の少ない時間に行動するというわけではないようだ。そこに何が意図があるのかは分からないが。


 人の波に飲まれないように歩くこと5分。最初のビル前にたどり着いた。


(ここか……)


 最初のビルには、1階に飲食店、2階と3階はオフィス、4階より上は空きのようだった。おそらく調査対象のビルには空きがあるのだろう。


 もちろん正面から見ても何も変わらない普通のビルにしか感じないので、ビルの端にある狭い階段を上り始めた。階段を上って4階にたどり着いた千咲は、何も装飾がなされていない扉の前に立つ。よく見ると、チラシが剝がされた跡が残っている。前は飲食店でもあったのだろうか。


 扉にある小さな隙間を覗く千咲。


(特に何も見えないな……)


 しかし、中には誰もいないようだった。ただ奥には何も置かれていない小さな空間が広がっているだけだ。念のため、扉が空くか確認してみたものの、特に開く気配はなかった。


 まだ残りに2カ所回らなければならないので、千咲は一旦このビルは違うと判断して次のビルに向かうことにした。


 次に向かうビルはさらに駅から離れた場所にある。駅から少し離れると、ある程度人混みも緩和されてきた。


 こちらも歩くこと5分。今度のビルは3階建てで、3階部分だけが空きになっていた。


 今度はエレベーターを使って3階まで昇る。エレベーターの中にある明かりの一つがチカチカと点滅している。3階には先ほどと同じように一枚の扉があった。当然こちらも鍵がかかっている。


 今度は中が見えないようになっており、様子が確認できない。千咲は何か物音が聞こえないか、扉に近づいてしばらく耳を澄ます。


 ——その時だった。


『聞こえるか、千咲』


 聞こえてきたのは物音……ではなく比呂の声だった。少しびっくりしてたじろぐ千咲だったが、すぐに体制を立て直して応答する。


「うん、聞こえるけど」

『こっちは3つとも見終わったが、特に怪しいところはなかった。そっちは?』

「今2つ目。でも、ここも変なところは無さそう」


 さすが比呂といったところか、あっという間に自分の分を調べ終えている。一方の千咲はまだ2つ目。比呂に比べればのんびりである。


『分かった。俺も3つ目に向かおう。場所は?』

「駅から一番離れたところ」

『……あそこか。分かった』


 そう言って再び音声が途切れる。千咲は今いるこのビルも特に何もないと思い、比呂も向かっているビルに行くことにした。



 ※※



 またまた歩くこと5分ほど。目的地のビルにたどり着いた千咲。


「お、ちょうど来たな」

「回るの遅くてごめん。こういうの慣れてなくて」

「大丈夫だ、俺も今着いたところだ」


 ほんの少しだけカップルの待ち合わせ感を出している2人だったが、当の本人たちはそんなことを気にしているわけではなかった。……というより普通に気にしている余裕がない。


 2人はそろってビルの中にある階段へ。ここも3階建てのビルだったが、全ての階が空きになっている。外装を見てもかなり古びた印象だ。


 明らかにここが怪しいという雰囲気を醸し出しているが、1階、2階は特に怪しいところは見当たらなかった。


 そして3階に着いたところで、比呂がある異変に気付いた。


「……ここだけ鍵が開いてるな」

「本当?」


 千咲も確認してみると、確かに鍵が開いている。というより壊れている感じだった。


 すると、比呂は何の躊躇もなくその扉を開けた。


「……大丈夫なの?」

「そんなこと言って躊躇ってたら、助けられる命も助けられない」


 そう言って比呂はそのまま中へ入る。千咲は少しだけ考えた後、比呂の後ろを静かについていく。その中は一見何の変哲もない空間だった。そこには何も置かれていない。


 比呂は立ち止まることなく、ぐいぐいと奥に進む。千咲もある程度部屋を見まわしながら比呂についていく。


「……これは」


 ここで比呂が歩みを止めた。比呂の視線の方向を見ると、奥にある1枚の扉が閉まっているのに気づいた。他の扉は開いているので、明らかに不自然である。


「怪しいね……」

「ああ。だが、特に物音はしないようだな」


 2人は少し耳を澄ますも、目立った音は特に聞こえてこない。おそらく中に人はいないのだろう。


「念のため銃を用意しろ」


 千咲は頷いて、ポケットから銃を取り出す。比呂と千咲は目線を合わせた後、比呂が扉に手をかけてゆっくりと開く。ぎーっという音を聞きながら、比呂を先頭にして一緒に部屋に入る。


 そこには案の定、人の姿は見られなかった。しかし——。


「これはどういう状況……?」

「分からない。だが、おそらく手遅れだったか」


 部屋の奥には一つの椅子とロープがぐちゃぐちゃの状態で置かれている。まさに漫画やアニメで見る拘束場のテンプレート。そして床にはいくつもの銃が散乱していた。


 比呂は一度しゃがみ込んで、落ちている銃に目をやった。


「……弾が入っていない」


 比呂が銃の一つをハンカチを介して拾いながらつぶやく。千咲も同じように一つ拾って引き金を引いてみるも、何も発射されることはなかった。


「……ここで撃ち合いがあったってこと?」

「いや、周りに銃痕が見られないからそこまではしていないだろう。推測でしかないが、脅しに使われた可能性はある」


 周りを見渡してみても、その部屋には一つも弾が放たれた痕跡は残っていなかった。


 念のため部屋の隅まで調べるも、それ以外には特に気になるものはなかった。しばらく部屋を見渡した後、比呂はイヤホンに語りかける。


「航先輩、そちらは終わりましたか?」


 相手は別のビルに向かっていた航である。返答はすぐに返ってきた。


『うん、全部回った。特に異常なし』

「了解です。こちらは少し気になるものを発見しましたが、人の姿は確認できませんでした」

『本部に報告して』

「あとはこちらでやっておきます。先輩は再びタクシーの手配をお願いします」

『分かった』


 比呂はそう言って今度はスマホを取り出して、操作し始めた。すぐに聞き馴染みのある声が聞こえてきた。


『……どうだ調子は、二条?』


 その声の正体は総督である。普段あまり会う機会がない千咲にとって、その声を聞いたのは久しぶりであった。


「残念ながら、拘束対象を見つけることはできませんでした。ただ、調べた施設の中に少し気になるものを見つけました。一部落ちているものを回収します」

『分かった。とりあえずその場の写真を撮って送ってほしい。あと、回収物は指紋をつけないようにね』

「了解しました。このまま本部に向かいます」

『本条もいるかい?』

「いますよ」

『そうか、ご苦労だったと伝えてほしい』


 そう言ってピロンという音とともに電話は切れた。比呂は千咲のほうを見る。


「だそうだ。聞こえてたよな」

「うん、まあ」

「よし、とりあえず撤収だ。銃一つだけ回収していく。早めに退散しないと、下手したら奴らが戻ってくる可能性もある」


 比呂はスマホで何枚か写真を撮り、そのまま部屋の外に向かって歩き始めた。千咲もそれに続く。千咲は比呂の慣れている様子を見て、改めてその凄さを認識していた。


 再び駅のほうへ戻ること10分。航と合流した2人は、タクシーに乗って白陰の本部へと向かった。


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