030 初任務

 翌週の土曜日の午後。千咲は自分の部屋で先週発売されたばかりのシリーズ本の新作を読んでいた。


 この家に来てから外出する機会は減ったものの、最近の週末はよく夜菜と出かけることが多い。今日もさっきまで夜菜と本屋に行っていた。本屋で狙われる可能性は非常に低いため、特に警戒をする必要もあまりない。


 まだピカピカの本を手にベットでごろごろしながら、のんびりと過ごしていたところで机の上に置いてあるスマホがピロンとなった。


 ベットから起き上がってスマホを見ると、そこにはグループチャットからの連絡が来ていた。千咲、愛花、鈴、凪のグループである。


 送り主は鈴だった。


『鈴:明日は14時だったよね?』


 明日はこの前のファミレスで約束した通り4人でカラオケに行く予定である。友達と遊ぶのは12月以来のため、千咲も結構楽しみにしていた。


 ちなみに、もしものことがあっても大丈夫なように、夜菜も同じカラオケに見張りに来てくれることになった。……実際にはカラオケに行きたそうな顔をしていたのだが。


 千咲は既読をつけると鈴に返信した。


『千咲:そうだよー。学校の正門前ね』

『鈴:ありがとう』


 鈴からの返事はすぐに返ってきた。鈴は午前中はテニス部の活動があったらしい。昨日、土曜日なのに早起きしなきゃいけないのは無理とか言いながら机で思いっきり寝ていた。


 ちなみに銃技部を勧められた千咲だったが、一旦は入らないことにした。比呂には勝手に決めていいと言われたものの、あまりやる気にはならなかった。凪からはいつでも入ってきてくださいと言われている。そんな凪も今日は部活らしい。


 みんな大変なんだなと思いながら再びベットにごろんとした千咲はしおりを挟んだページを開いて読み始めようとしたその時だった。


「千咲! 今大丈夫か?」


 突然部屋の外から比呂に声をかけられた。千咲はベットから起き上がる。


「うん、いいけど」


 その声を聞いて比呂は部屋の扉を開けた。比呂の表情は少し焦っているように見えた。


「……どうしたの? そんな顔して」

「チャットだよ」

「チャット?」

「奴らの。拘束命令が出た」

「黒陰の……」


 千咲が助けられた一因となった黒陰の使用しているチャット。そこに新たな拘束命令が出たらしい。千咲がここに来てから初めてのことであった。


「……私、どうしたらいいの?」

「とりあえず千咲、今すぐ支度できるか?」

「……私も行くの?」


 普段の比呂の話を聞く限り、チャットで命令が出た時はいつも比呂が行っているものだと思っていた。実際千咲の時は、比呂と迎えに来た総督だけしか目撃していない。


「ああ、今回は人手が欲しい」

「人手……?」

「概要は後で説明する。とにかく準備してほしい。……例の弾を仕込んでおけよ。もちろん、実弾も忘れずに」

「……わかった」


 状況がほとんど読めないが、とにかく急がなければならないことは確かである。千咲は再び本を閉じて、クローゼットから動きやすい服装に着替える。まだ4月で少し涼しいこともあり、上着を着る。


 千咲はいつも使用している銃に例の弾を装填する。例の弾とは、比呂が千咲を助けた時にも使用していた偽弾のことである。実弾は別で用意した。


 一通り準備ができたところで千咲は部屋を出る。リビングに行くと、比呂が出かける格好で待機している。夜菜はパソコンを広げて誰かと連絡を取っていた。


「……こちら、比呂君と千咲ちゃんと航先輩を向かわせます」


 内容的にどうやら本部と連絡を取っているようだ。比呂は、準備ができた千咲を見て手招きをする。


「よし、行くぞ。航先輩が近くでタクシーを手配している。詳細は車内で話す」


 そう言って比呂はそのまま歩き始める。千咲もその後に続いた。


「あ、千咲ちゃん! 無理しないでね」


 後ろから夜菜が声をかけてくる。千咲は振り返ってぺこりと頭を下げた後、再び歩き出す。


 階段を上がって1階に出た2人は、店番をしている店長——近藤翔こんどうしょうに簡単に会釈した後に、店を出る。


 しばらく歩くと、タクシーが止まっているのが見えた。助手席から航が手を振っている。比呂と千咲が後ろに乗ると、そのままタクシーは発進する。


「千咲、とりあえずこれを見てくれ」


 比呂は千咲にスマホの画面を見せてくる。そこには黒陰のチャットが示されていた。


『拘束対象:No.61

 西大谷にしおおや駅近く貸しビルにて拘束せよ』


 千咲の時とは違い、かなり曖昧な表現がなされていた。


「No.61って何?」

「……残念ながら分からない。今までも名前が伏せられていた事例はあるが、番号で与えられるのは今回が初めてだ」


 今まで何度もチャットを見てきた比呂ですら分からないとなれば、何を意味しているのかは黒陰の関係者でなければ知り得ない。


「それより場所が西大谷駅って結構近いじゃん」


 西大谷駅は五厘駅から4駅分離れている。


「ああ。あと10分もしないうちに着く。貸しビルはいくつかあるが、奴らが使うとなると、人目が付きにくい場所のはずだ」

「つまり、それを探すために私も呼んだってこと?」

「そういうことだ。この後お前に探してほしいビルを送るから、一つ一つ確かめてほしい。もし見つかったら、すぐに連絡しろ。俺が向かう」


 人手が欲しいとはこういうことだったらしい。確かに貸しビルはいくつかあるのでとにかく時間が無い今は手分けして探すしかない。


「……でも、外から見て気づくかな?」

「もしビルに入れそうなら入っていい。ただし、行けないところに無理に行く必要はない」


 そう言うと、比呂はポケットから小さなものを取りだした。それをそのまま千咲に渡してきた。受け取ったものを見ると、それは無線のイヤホンであった。


「これで指示はだす。もちろん、連絡もそれで行うようにな」


 そのままタクシーは西大谷駅に到着する。


「二条、本条、先行って」


 タクシーを降りた航がタクシーの支払いをしている。航の言葉を聞いて、比呂と千咲はそのまま手分けして動き始めた。


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