028 信じるもの

 12月21日、月曜日の午後。雨が強く地面に打ち付ける音を聞きながら、は比呂と2人で警察署の中、2人の警察と向き合っていた。


 ——昨日の夜。徹が倒れているのを見つけた雫はすぐに救急車に連絡。比呂に協力してもらい、総督を中心に一連の処理はお任せした。昨日の夜は第一発見者として長い事情聴取があったが、今日は再び調査の進展の話を聞きに来ていた。


「——そんなの嘘ですっ!」


 雫は立ち上がって警察に向かって少し声を荒げた。


「おい、落ち着け雫」

「無理だよそんなの! 本当にちゃんと調べたんですか?」


 雫は警察を睨みつける。しかし警察は表情を一つも変えない。


「はい。徹さんの持っていた銃や周りの物の指紋などを調べていますが、おそらく徹さん以外の指紋は出てこないでしょう。また、周囲の防犯カメラを確認しましたが、昨夜の19時頃に怪しい動きをしている人たちは特に見られませんでした」


 警察は雫の言葉に特に動じず、淡々と話している。


「だから……父さんは……」

「はい。我々警察は自殺と判断しました」

「……」


 雫は何も言い返せない。比呂が隣で口を開く。


「……何か、彼の遺体で不自然な点などはありましたか?」

「不自然な点ですか……。報告書には特に何も書かれていません。ただ、実弾がそのまま脳に直接撃ち込まれていますから、ほとんど即死状態でしょう」

「そうですか、ありがとうございます」


 比呂はそう言って再び黙り込んだ。


「……それと雫さん、これを」

「あっ、これ……」


 そう言って警察は一つのUSBを雫に渡してきた。実は、徹が倒れていた隣にポツンとこのUSBが置かれていたのだ。当然何かしらの手がかりがあるかもしれないと、一度警察が押収していた。


「中を確認しましたが、特に証拠になりそうなものは何もなかったので、こちらはお返しいたします」

「そうですか……」

「これに関しては仕方ないですね。徹さんは何かを残したかったのかもしれませんが……」


 雫はそのUSBをそのままバックにしまう。データが破損していたとのことだが、それは元に戻すことができないのだろうか。


 その後しばらく警察の話を聞いた後、そのままお開きとなった。


「では、今日はこれで終わりです。ありがとうございました」

「……はい」

「ありがとうございました」


 そう言って雫と比呂は小さく頭を下げると、その部屋を退出した。警察署を出た2人は、気持ちを一度落ち着けるために近くのカフェに入った。


「いらっしゃいませー」


 一応月曜日の午後ということもあり、そこまで店内は混んでいない。2人は案内された窓際の2人掛けの席についた。


 そのまま雫はカフェオレ、比呂はブラックを頼む。しばらく無言が続いていたが、雫が口を開いた。


「……比呂はどう思う?」

「自殺の話か?」

「うん……。本当に自殺なのかな? 私は絶対違うと思う……」


 雫は落ち込んだ表情のまま、ただ机の1点を眺めている。


 つい1週間前に大切な人を失った雫は、少しずつ立ち直ろうとしていた。そんな矢先に起こった父の死。雫の心はもうボロボロであった。正直、今は何も考えたくはないのだが、そのまま放置するわけにもいかないかった。


「……もちろん絶対自殺だとは言い切れないだろうな。奴らは工作は得意だ。自殺に見せかけることなど朝飯前だろう。防犯カメラの偽造くらい可能だろうし、指紋をつけないことなんて俺にもできる」


 比呂は窓の外に少し視線を逸らしながら話を続ける。


「正直最初は俺も奴らの仕業だろうと思っていた。だが、少し不可解な点も多い」

「不可解な点……?」


 雫は顔を上げて比呂を見つめる。


「まず、奴らがお前の父を殺しに家まで来る意味が分からない。お前の父が奴らにとって脅威となり得る存在だったのなら可能性が無くはないが」

「……父さん、そんなことする人じゃないと思う」

「なら、そこに納得できる理由が存在しない。そして2つ目。お前の家のパソコンだ」

「あーあれね……」


 徹の遺体を発見した後、家の中を一通り見回った際、徹の部屋に置かれていたデスクトップPCに銃弾が複数撃ち込まれているのが見つかった。奥深くまで銃弾が刺さっており、完全に使用できない状態になっていた。


「初めて入った家にあるパソコンだけを壊すって普通に変だ。ただでさえ誰かに見つかる危険性すらあるのにな」

「……それは確かにね」


 雫は再び下を向く。やはり自殺なのかと考える。でも、徹が自殺する意味が分からない。仕事で悩んでいる素振りは特に見てこなかったし、何か精神的なショックがあったとも考えにくい。第一、雫が出かける前まではいつも通りだった。


「ただ、1つ可能性はある」

「……可能性?」


 そんな雫を見てか、比呂は小さく呟いた。雫は再び顔を上げる。


「ああ。それは、お前の父が自覚無しに奴らの大事な情報を掴んでしまった可能性だ」


 徹は割と思いのまま気分で行動することが多かった人間だった。たまたま何か情報を掴んでいても否定はできなかった。


「……それはあるのかもしれない」

「わざわざパソコンを壊しに家に来る意味もある程度説明できる。当然、家の場所はアクセス履歴でも見ればある程度調べはつくだろう」


 比呂の考え方が正しいのであれば、不可解な点の謎は解ける。


「……私が狙われたのもそれが理由?」

「かもな。ただの憶測でしかないが」


 もともと自分が狙われた理由は、宗太が関係しているものだと思っていた雫。それが間違っているのであれば、少しだけ心が晴れる気がした。


 注文したコーヒーが運ばれてくる。運ばれてきたばかりのコーヒーがカップの中でゆらゆらと波紋を立てている。


 比呂はしかし、まだ浮かない顔のまま口を開いた。


「ただ、それだとまた不思議な点が生まれるのも事実だ」

「まだ何かあるの……?」


 雫はカフェオレを口に含みながら首をかしげる。


「もし奴らがお前たち2人を殺そうとしたら、わざわざお前が外出中に狙う意味が分からない。それにお前だけチャットで拘束命令が入ったのも謎だ」

「……たまたまいなかっただけってこともあるんじゃない?」

「家の場所が分かっている時点で監視しているはずだ。まだ2人とも家にいる時に仕掛けるのが普通じゃないか? 少なくとも俺ならそうする」


 比呂の言うことはごもっともである。ただでさえ昨日雫が家を出たのは昼過ぎである。監視しているのであれば、いくらでも狙うタイミングはあったはずだ。


「夜のほうが良かったとかは……?」

「それはあるかもしれない。だが、だったらなぜ昨日は夕方の時間に狙ったんだ?」

「それは……」


 警察によると、徹の推定死亡時刻は18時過ぎ。ちょうど雫が白陰本部に着いた頃だ。12月であるから既に外は暗くなっているとはいえ、まだ多くの人が活動している時間である。


 雫は段々頭がこんがらがってきた。1つ答えが生まれるとまた新たな謎が生まれ、それを否定するとまた不可解な謎が残る。もう何が正しいのが雫には分からなかった。


「……もう私、分からないや」

「無理に考えなくていい。俺にだって分からないからな。でも、その答えを求めるのが俺たちだろ」


 そう言って比呂は一度コーヒーを口に含んで、コトンと音を立ててカップを置く。


「昨日も言ったはずだ。俺たちで運命を変えようって。これもいつかは必ず1つの答えにたどり着く。少しでも真実に近づこうとするのが俺たちが今できることだ」

「……うん、そうだね」


 雫は小さく頷いた。雫はまた一口カフェオレを飲む。全身が一気に温まる感覚。それが今はほんの少しだけ心を落ち着かせた。


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