027 親と子
ファミレスに着いた4人は早速注文を済ませた。ちなみに千咲がファミレスに来たのはあの日以来である。
4人は、愛花が投稿している歌ってみた動画のことで盛り上がっていた。ちなみに千咲の隣に鈴、前には愛花、その横に凪がいる。
「本当に上手ですよね。私もこうなりたいです」
アイクラの名前で動画を出している愛花は、自分のスマホでちょうど昨日投稿したばかりの動画を流している。歌っているのは、先月リリースされたばかりの結構人気のアイドルグループの曲である。複数人用の歌であるが、ものの見事に一人で歌いこなしていた。
「ありがとう凪ちゃん。それ入学式の時も言ってたけど、凪ちゃんは結構歌うの好きなの~?」
「そうです。こう見えて実はヒトカラとかよく行くんですよ」
「意外だね。ウチはヒトカラとか怖くていけないよ」
本人も言っているが、凪はこう見えて意外と活発な女の子である。実は旅行が趣味なんだとか。
「本条さんはカラオケよく行くんですか?」
なんとなく愛花の動画を眺めていると、千咲にバトンが渡ってきた。
「うーん、最近はあんまり行かないかな。最後に行ったのは去年の9月とかかな」
「そっか~。アタシ千咲ちゃんの歌も聞きたいなぁ。……ねぇねぇ、入学式の時に言ってたカラオケ、来週の日曜日にしない? みんな空いてるかな?」
入学式の日から特にカラオケの日程の話をしてなかったことを思い出す。愛花以外の3人はスマホを取り出し、自身の予定を確認し始めた。最近の多く人は、スマホのカレンダーにいろいろな用事を書き込むものである。
「来週の日曜日……私は空いています」
「私もー」
「ウチも午後からなら大丈夫。午前中はちょっと用事があるから」
「お、じゃあ決定だね! 午後からってことなら、学校前に14時に集合でいい?」
「それでいいよ愛花っち」
都心からは少し離れたこの地域には、多くの娯楽施設があるわけではないが、カラオケは五厘高校の近くに複数置かれている。近くには別の高校もいくつかあるため、高校生が集まる場所として最適なのだ。
「……ちなみに、藤倉さんの歌う曲って結構いろんなジャンルありますけど、一番好きな歌手とか曲とかはありますか?」
愛花が歌ってみたとして投稿する曲は非常にバラエティ豊かである。話題のバンドやアイドルの曲はもちろん、アニソン、ボカロ、時には洋楽まで多種多様なジャンルが並んでいる。
「う~ん……好きなものが多すぎて決められないな~。でも、一応、
「あ、私もそれ知っているよー。愛花好きなんだね!」
千咲も佐坂瑠加は知っていたし、いくつか曲も聞いたことがあった。あまりメジャーなアーティストではないが、知る人ぞ知る歌姫である。
「ちなみに去年一緒にカラオケ行ったときは愛花っちはこの歌で100点出したんだよ」
「すごいなー。私は100点なんて一度もないよ」
「私もいつか100点取りたいです。なかなか95点の壁を超えられなくて」
「でも90点台出せてるならいいじゃん! 私も最初はそんなもんだったよ~」
そんなたわいもない会話を続けているうちに着々と料理が運ばれてきた。ちなみに4人とも1品か2品である。こう見ると、改めて茜がよく食べることが分かる。
「じゃ、いただきま~す」
愛花がピザを口に入れながらおいひ~と言っている。千咲の隣で鈴が口を開いた。
「……そういえば、ずっと聞きたかったんだけど、愛花っちは歌ってみた動画出すのは親に反対されなかったの?」
千咲は少し体をピクッと動かす。親に関する話は千咲にとってあまり触れたくないものであった。もちろん、鈴が悪いわけでは決してないのだが。
そんなことは知らずに、愛花は口に入れたピザを飲み込んで答える。
「う~ん、ママには特に反対されなかったよ。ママは結構アタシのやりたいことをやらせてくれるんだ~。……パパには秘密にしてるんだけどね」
「それは大丈夫なんですか?」
「ま~今のところバレてないから大丈夫だよたぶん! もしバレたとしても絶対にやめないけどね」
そう言って笑顔でグーサインを作る愛花。そのままピザを頬張る。
「確かに愛花っちのお母さんは優しいもんね。ウチはお母さんが厳しいんだよ。お父さんはウチの欲しいものよく買ってくれるんだけど」
「鈴ちゃんのママはしっかりした人だもんね~。アタシもちょっと怖いイメージある」
「でも自由に好きなことやらせてくれたり、好きなもの買ってくれたりするのは羨ましいです。私の親はどちらも厳しくて。カラオケ行って夜遅くなるとよく怒られますし、欲しいものはお小遣い貯めて買いなさいって言われてます」
凪は2人のことを羨ましそうな顔で見ている。家庭の事情は人それぞれなのである。——そう、千咲は特に。
「千咲っちのお母さんはどう?」
当然聞かれるわけである。千咲は顔をずっと下に向けたまま3人の会話を聞き、少し気持ちが沈んでいた。今の千咲には父はもういない。母である
千咲は何と言えばいいのか迷ってしまった。もちろん、正直に親がいないことを言えば、3人には同情してもらえるだろう。しかし、それは千咲にとって本望ではない。いくら同情されたとしても、残念ながらこの気持ちが晴れるわけではない。親がいないことに変わりはないのだから。
「……千咲ちゃん、どうしたの……?」
しばらく自分の世界に入り込んでいた千咲は、愛花の言葉に我に返る。そして、頬に涙が伝っていることに気づいた。千咲は急いで涙を拭いて、3人のほうを見た。
「……あ、ううん。何でもない。ごめんね、急に……」
「……本条さん」
「千咲っち……」
3人が心配そうな目でこちらを見ている。千咲はこれ以上迷惑をかけられないと必死に涙を抑えようとする。しかし、その思いに反して涙はなかなか止まらなかった。このおよそ3か月間、この気持ちを抑えていたダムが崩壊したように千咲の目からは涙が溢れ続けていた。
横から鈴が背中をさすってくる。あの日、公園で茜が頭をよしよししてくれた感覚を思い出した。
「……千咲っちの親って……ううん、ごめん。これ以上聞くのは良くないよね」
「……そうですね。この話は一旦終わりにしましょう」
「ごめんね、千咲ちゃん。なんか良くないこと思い出させちゃったよね……」
3人が千咲に寄り添ってくれる。それがとても温かくて、でも申し訳なくて。千咲はどうすればいいのか分からなかった。
そのまま静かに泣き続けた千咲だったが、しばらくした後にはある程度元気にはなった。これも3人が温かく寄り添ってくれたおかげであった。
※※
——ファミレスを出た4人は、薄暗くなった空の下、ファミレスから5分ほどの距離にある五厘駅にいた。愛花と鈴は電車通学である。
「じゃあ、今日はありがと~。また一緒にファミレス行こうね」
「そうですね。また行きましょう」
鈴が千咲のほうを向いた。
「千咲っち、なんか辛いことがあったら、ウチらに相談していいからね」
「そうだよ~。アタシたちもきっと力になれるから!」
「本条さん無理しないでくださいね」
「ありがとーみんな。……うん、頼らせてもらうね」
千咲の目はまだ腫れている。それでも、3人のおかげでだいぶ元気になった。友達という存在はやはり偉大である。
「それじゃあね! また明日学校で」
「ばいばい」
そう言って愛花と鈴は改札の向こう側へ。遠くから電車が近づいてきている音がした。2人が見えなくなるのを確認した後、凪が千咲のほうへ振り返った。
「じゃあ、私もこれで。……今日はゆっくり休んでください本条さん」
「……うん、ありがとう。じゃあね凪」
千咲とは、駅を挟んで反対側に住んでいる凪ともここでお別れ。凪が見えなくなるまで手を振った千咲は、そのまま白光屋の方向へ歩き始めた。
駅前の
※※
時は12月。徹の遺体を発見した翌日のことである——。
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