025 本気

 愛花と、先生に聞こえない程度でのんびり会話をすること20分ほど。いよいよ千咲の番が回ってきた。


「じゃあ、見ててねー」

「うん!」


 千咲は愛花に微笑んでから射撃場の前に立つ。12月以来学校で銃技実習を受けなかった千咲は少し懐かしさを感じた。


「じゃあ、いつも通り準備してー」


 桃香が銃に偽弾を装填しながら千咲に指示を出す。簡単な防弾着衣を着てゴーグルをセットする。普段の練習ではゴーグルしかつけないので少し違和感がある。この防弾着衣は意外と重い。


「準備できたら撃っていいわよ」

「分かりました」


 そう言って千咲は慣れた手つきで的に狙いを定める。今回の的までの距離はおよそ7メートル。千咲にとってはもう近いと言える距離である。


 そのまま引き金を引く。パァンという音とともに衝撃が体に伝わる。偽弾ということもあり、衝撃実弾に比べ比較的弱い。


 当然のように千咲の撃った弾は的の中心を貫いていた。後ろから「すご~い」という声がかすかに聞こえる。


 特に緊張もしなかった千咲は残りの4発もしっかり的の中心を捉えた。


「さすがね、本条さん。全部的の中心を捉えたのは本条さんが初めてよ。中学の時からよく練習していたのね」

「いえ、これくらいは普通ですから……」


 着衣を脱ぎながら少し遠慮がちにペコッと頭を小さく下げた千咲は、銃を桃香に渡して列の最後尾に戻る。この列に並び直す感じも久しぶりの感覚であった。


 前のほうでは今度は愛花が銃をもらって的に狙いを定めていた。その手は少し揺れているように見えた。


 少し時間をかけて位置を整えた愛花は、ようやく1発目を撃った。弾は的に当たらなかった。愛花は再び狙いを定めているが、なかなかうまくいかないようだ。


「藤倉さん、もう少し力を抜いていいのよ」

「……大丈夫……です!」


 またゆっくりと銃の位置を調整して2発目。今度は的の右上に当たる。もう一度銃をゆっくり動かした愛花はそのまま3発目。より的の中心に近づいた。


 そして、4発目は少し左に逸れ、最後の5発目。調整に時間をかけて放たれたその弾はようやく的の中心を貫いていた。


「よく当てたわね。でもまだりきんでいるわ」

「これから練習します! ありがとうございました」


 桃香のアドバイスに対して愛花はニコニコしながらペコリと頭を下げて、列の後ろに戻ってきた。千咲の後ろに座ったと同時に愛花は大きく伸びをした。


「はぁ~終わった! 1カ月ぶりだったからちょっと上手くいかなかったよ~。前はもうちょっと中心狙えたんだけど」


 愛花は納得がいってないようで、少し頬を膨らませている。さすがインフルエンサーといったところか、化粧無しでも普通に可愛い。


「でも、段々精度がよくなってたからそれでいいんじゃない?」

「それはそうだね! でもそんなことより千咲ちゃんめちゃめちゃ上手いじゃんっ!」

「ありがとー」

「ねぇねぇ、どうやったらそんなに上手になれるのかな~?」

「……たくさん練習するのが大事だと思うよ」


 少し返答に困ったが、よくある模範解答を返す。


「でも、学校の実習だけでそんなに上手になるの?」

「あっ、えっと、中学の時土曜日に各自で練習できる機会があってさー。それでほぼ毎週頑張ってたらいつの間にか上達してたっていうかー」

「え~そうなんだ! 千咲ちゃんってやっぱ真面目なんだ~」

「まあね……」


 変に深堀りされると困ってしまうので、とりあえず真面目な人ってことにしておけばいいかと千咲は感じた。


 千咲はチラッと隣のレーンの様子を伺う。順番的には既に比呂は終わっててもいい頃だが、まだ比呂の番は来ていなかった。


「あっ! 鈴ちゃんの番だよ」


 愛花の声を聞いて2組のレーンを見ると、鈴が射撃の準備をしていた。一応中学では学年1番だったということだからそれなりに上手なのだろう。


 鈴は何も表情を変えないまま銃を構え、一呼吸おいてから発砲する。結局鈴は5発中3発が的の中心に当たった。


「さすが鈴ちゃんだね! でも千咲ちゃんのほうが上手いなんて意外だったな~」

「そんなことないよ。鈴の構え方すごい綺麗だったし」

「そうなんだよね〜。鈴ちゃんは中学の時も先生からよくほめられたんだよ」

「へぇー納得」


 精度はまだしも、千咲から見ても射撃フォームは美しかった。もっと練習すればぐんぐん上達する素質がありそうだ。


 鈴は相変わらず表情を変えないまま、列の後ろに戻っていた。千咲は自分もまだまだだなと思いながら、今日の練習内容を考えていた——。



 ※※



 2組の全員の射撃が終了し、その後1組、4組も終了。残ったのは3組の1人となった。


「よし最後だ! 二条、準備しろ」


 3組担当の先生の声が響く。その声に振り向くと、最後に出てきたのはなんと比呂だった。


(番号順なら最後じゃないはずなんだけど……)


 千咲は疑問を浮かべながら、3組のほうを見つめる。比呂は立ち上がり、前の人からゴーグルと防弾着衣を受け取り、即座に身に着けた。


「ほら、準備できたら撃て」


 担当の先生から銃を渡された——次の瞬間だった。


 瞬時に銃を構えた比呂はノータイムで引き金を引いた。その手を止めることなく残りの弾を消費した。


 その間約3秒。——放たれたすべての弾はしっかりと的の中心を捉えていた。


 自分の番が終わったからか、少しざわざわしていた銃技場があまりの発砲の早さに一度静まり返った。


 担当の先生が大きく目を見開いている。あまりの精度とスピードに驚きを隠せないようだった。


「……ねぇ千咲ちゃん、あの人めちゃめちゃ上手いじゃん!」


 愛花があり得ないものを見たような顔で比呂を見つめている。周りに聞こえない程度に小さく拍手していた。


「……そう、だね」

「でも千咲ちゃんなら対抗できそうだよ」

「あれに比べたら全然だよー」


 千咲は愛花への返答をしながら比呂のほうを見る。千咲には比呂の考えが理解できなかった。普通に考えれば自分の実力は隠すべきものである。千咲は比呂に言われた通りいつも通りやったものの、そこまで注目されるような実力ではない。しかし、比呂の場合はまた別の話である。


 撃ち終わった比呂は無言で銃を先生に渡すと特に表情を変えることなく、列の後ろに戻っていった。千咲はただ比呂を眺めることしかできなかった。


(……比呂、いったいどういうこと……?)


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