024 待機の場で

 昼休みが終わり、午後の授業が始まった。体操服に着替えた1年生が全員銃技場に集合している。


 高校の銃技実習の内容は特に中学の時と変わらない。変わるのは狙う的が動くようになったり、ある程度体を動かしながらの発砲を行う程度である。また、小学校や中学校に比べて実習の時間は少ない。


 いくら銃社会になったと言っても、学校の授業の中で求められる能力はあまり多くない。また、大学受験は基本的に座学中心のままである。愛花が言っていたように推薦ではある程度考慮されることもあるものの、銃の練習をするよりも普通に勉強していたほうが、各高校が合格実績を伸ばすのには単純に効率が良いのである。


 授業開始のチャイムと同時に2組の担任である桃香が生徒の前で話し始めた。意外なことであるが、桃香は銃技担当の教員なのである。


 千咲は桃香の話をなんとなく聞き流しながら、今日の実習をどうしようか考えていた。


「——ってことで、注意事項は以上ね。では、今日はみんなの実力を確認しまーす。クラスごと番号順にレーンに並んで静かに待機すること」


 中学の時とほとんど変わらない注意事項を5分ほど聞かされたあと、全員が移動し始める。2組である千咲は2番レーンに並んだ。ちなみに1年生は1クラス30人で、6組まである。


 なお、今日は実弾ではなく偽弾を用いた実習である。普段ほどんど実弾を使っている千咲は少し懐かしさを感じた。


「ねぇねぇ千咲ちゃん」


 前に並んでいた愛花が振り返り、声をかけてきた。


「どうしたー?」

「やっぱここに並ぶとちょっと緊張するよね~」

「そうだねー。でも、私は中学入ったばかりの頃よりは緊張しなくなったかな」


 中学生になって銃技実習が始まった頃は、誰しもが緊張するものである。最初の銃技実習は誰も話している人は無く、ただ沈黙が流れていたのを千咲は思い出した。当然、千咲も中学2年生の頃までは毎回変に緊張して度々体調を崩していた。一応、宗太との練習の成果もあって中学3年生になる頃にはだいぶ慣れていたのだが。


「え~そうなんだ。私は今もあんまり変わらず緊張してるな~。特に実弾使うときは朝から怖いんだよね。……まあ、だからこそ慣れようと思っていっぱい練習したから、中学の時はそれなりの成績が取れたんだけどね~」

「なるほどね」


 千咲はふと、半年前の茜の涙を思い出した。


(茜も今はもっと上手になっているのかな……?)


 千咲と宗太と一緒に毎週練習していた茜は徐々に銃の扱いがうまくなってはいたが、12月のあの日以来茜に会っていないため、今の実力は千咲には分からなかった。


 なお、あの日から学校に行かなかった千咲は、初めは頻繁に茜と連絡を取っていたものの、最近では週に1回程度に落ち着いている。茜には学校を休んだ理由を心の落ち着きを取り戻す期間だからと伝えており、命を狙われたことや白陰に関することは特に伝えていない。


(また一緒に練習したいなー)


 また会いたい思いを抱えながらも、一応命を狙われている千咲は茜と簡単に会うことができるわけではなかった。


 そんなことを考えていた千咲はひとまず目の前の実習に集中することにした。


「あ、そういえばさっきは言わなかったんだけどさ~」


 愛花が千咲の顔をじーっと見つめる。愛花の視線を受け止めながら、千咲は小さく首をかしげる。


「思ったんだけど、千咲ちゃんって実は銃技うまいんじゃない?」

「……えっ?」


 千咲は目を見開いた。決して悪気があって隠したわけではないものの、今までの行動の中で銃技がうまいと思えるようなことをした記憶はない。そもそも今日が初めての銃技実習である。


(私、何かしたっけ? それとも……)


 千咲は少し警戒心を持つ。とりあえずそう思った理由を聞くことにした。


「……どうしてそう思うの?」

「えっとね~。その腕の筋肉を見てかな」

「筋肉?」


 千咲は自分の腕に目を落とす。


「ほら、千咲ちゃんの腕って制服の上からでもわかるくらい結構がっちりしてるじゃん。それって銃技の練習いっぱいやってるからなのかなって思って」


 確かに千咲は毎日練習していることもあり、腕の筋肉はそれなりに発達している。しかし、それだけで銃技がうまいと判断するのは早とちりではと感じる。


「……それだけで? もしかしたらただ筋トレ好きなだけかもしれないよ」


 千咲は愛花の様子を伺いながら慎重に答える。愛花の考えていることを少しでも読み取ろうとした。


「それは……確かにそうかも!」

「……えっ?」


 しかし、残念なことに千咲の警戒は愛花の一言で意味を無くした。


「あのさ~、アタシのパパはめっちゃ銃技うまいんだけど腕の筋肉がスゴくてさ~。だから千咲ちゃんもそうなのかなって思っちゃって!」


 愛花はニコッと笑う。


(なんだ……)


 愛花の言葉に千咲は安心した。一瞬で張り巡らせた警戒心を解き、一気に脱力する。


「あーそういうことね。……確かに他の生徒よりはうまいと思うかなー。ほら、私の番になったら見ててよ」

「そうだね! にしかずだよ!」

「……愛花、にしかずじゃないかな……」

「あれ~、そうだっけ? ま、いいじゃんいいじゃん!」


 思ったより愛花はおバカキャラなのかなと思いながら、千咲は自分の番が来るのを待った。


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