023 銃技の実力

 入学式から1週間が経過した。既に本格的な授業は始まり、千咲はまだ馴染み切れていない高校で、今のところ周りの子と特に変わらない学校生活を送っていた。


「ねぇ、この後銃技の時間だって~」


 昼休み。千咲は入学式で仲良くなった3人と一緒に昼食を食べていた。弁当は夜菜が作ってくれたものである。そしてこの後は高校に入学してから初めての銃技実習が行われる。


「私、あまり銃技得意じゃないんです。藤倉さんは中学のとき得意でしたか?」


 凪が愛花に尋ねる。愛花は美味しそうな卵焼きを口に入れようとして一度止める。


「アタシはわりと得意な方だったよ~。成績も上から数えたほうが早かったし!」

「ウチのほうが順位は上だったけどね、愛花っち」

「鈴ちゃん学年トップだったじゃん! それはアタシにも追いつけないよ。千咲ちゃんは~?」

「私はまあまあって感じかなー。苦手ではなかったけど得意でもなかったっていうか……」

「平均ってことね」


 実際はと言えば、比呂との練習のおかげもありこの4人の中では飛びぬけてうまいわけだが、そこはいわゆる謙遜というものである。


「みなさん上手なんですね。すごいです。今度私に教えていただけますか?」

「いいよ~。凪ちゃんも練習すれば上手くなるよっ!」

「ありがとうございます」

「じゃ、しっかり練習しようね凪っち」


 鈴は凪に向かってグーサインを作ってニコッと微笑んだ。鈴は髪色もあって少し近寄りがたい印象を持つが、実際はとてもやさしい子である。


「……でもさ~、学校で銃技をやり続けるのはいいんだけど、本当に使うときって来るのかな?」


 愛花がポニーテルを揺らしながら首をかしげる。


「正直使う気がしないね」

「私もそう思います。そもそも街中で銃使っている人を私はまだ見たことありませんから」

「千咲っちもそう思う?」

「あー……う、うん。そうだねー」


 残念ながら千咲は毎日のように銃に触れているし、街中で銃を使用しているのを普通に目撃している。本当の意味で銃の恐ろしさを知っている千咲は、返答に困ってしまった。ここで適当に誤魔化すのは少し違う気がする。とは言っても、千咲が置かれている状況をここで話すわけにはいかない。


「……結局銃技を練習するのって成績のためだよね~。銃技上手いと大学も推薦取りやすいらしいから」

「ほんとそれ。普通に数学と同じだよ」


 3人だけでなく、ほとんどの高校生は実際そう思っているだろう。千咲はとりあえずごく普通の回答で受け流すことにした。


「……でもちゃんと練習した方がいいんじゃないかなー?」

「千咲ちゃんは真面目だね~。でも確かに技術があるのは損ではないもんね!」

「……そうですね。私もひとまず高校生の間は頑張ってみようと思います」


 千咲は学校での銃技実習が、実際には気休め程度にしかならないことを分かっている。それでも銃をしっかり扱えることはこの世界を生きていく中で大きなアドバンテージとなると感じていた。


 ——使う機会がないと話しているこの4人のカバンの中には、当たり前のごとく実弾が入った銃が教科書と同じように入っている。それくらいこの世界では銃は身近なものなのだから。



 ※※



 昼食を食べ終えた千咲は3組の教室に顔を覗かせる。ちょうど後ろから2列目の位置に1人黙々と勉強をしている小柄な男を発見する。千咲は恐る恐る教室に入り、その男のところへ向かう。


「……勉強してるなんて偉いね」


 千咲はその男——比呂のもとへゆっくり近づくと後ろから声をかけた。


「千咲か。何が起こるか分からないからな。できるときに勉強しておかないと」

「案外真面目なんだねー」

「赤点取ったら補習になって時間が奪われる」

「……確かにね」


 開いている参考書には「等差数列と等比数列の扱い」と書かれている。比呂が勉強している姿を千咲は今日初めて見たが、内容を見る感じどうやらかなり先取りしているようだ。千咲が思っている以上に比呂は勉強ができるのかもしれない。


「……それで、何の用だ?」

「あーえっと。この後銃技実習があるじゃん」

「そうだな」

「正直な話どこまで上手にやっていい?」


 これはさっきの会話でふと思ったことである。比呂はもちろん、千咲も普通の高校生と比べて何倍も練習しているため、学校の銃技実習くらいは余裕で処理できてしまう。


 かと言って、最初から実力をひけらかすのはあまり良くないだろう。ちょうどいい塩梅が千咲には分からなかった。


 しかし、比呂から返ってきた答えは少し意外なものだった。


「普通にやっていいぞ」

「……いいの?」

「ああ。無理に下手にするほうが不自然だろ」

「でも、いろんな人に目付けられないかなー?」


 いくら協力者がいる学校だと言っても、黒陰の関係者が潜んでいる可能性は決して捨てきれない。それでも比呂は特に気にする様子もなく話を続ける。


「逆に言えば、自分は上手いとアピールするチャンスだろ。下手だって思われたら、それこそ奴らの関係者から狙われるかもしれないぞ」

「うーん……」

「まあ、正直な話をするとお前の実力じゃそこまで疑われないと思うがな」

「……そういうこと言わないでよ」

「馬鹿にしてるわけじゃない。だからこそ学校での練習も無駄にするなって言ってるんだ」


 比呂はそう言うと再び持っていたペンを動かし始めた。なんか論破された気分で少しモヤモヤが残るものの、言い返すことができない千咲。仕方なく2組の教室の戻ることにした。


(……じゃあ、比呂はどうするんだろ……)


 新たに出てきた疑問を抱えたまま、千咲はそのまま3組を後にした。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る