020 新たな生活

「ただいまー」


 登校日初日が終わり友達と別れた千咲は学校から徒歩10分ほどにある家……ではなく小さな駄菓子屋に入った。看板には白光屋はっこうやと書かれている。


「いらっしゃい」

「店長、ゴミ屋敷」

「ほいほい」


 そう言って千咲は駄菓子屋の商品には目も暮れず奥に向かう。目立たないところに1枚の扉がある。それを開けると地下へと続く階段が現れた。


 薄暗い階段を下り、もう1枚の扉を開けるとそこには普通の家と大差ない玄関があった。


「あら、おかえり千咲ちゃん。学校どうだった?」


 玄関で靴を脱いでいると奥から背の高い女性が声をかけてきた——夜菜である。実は夜菜も千咲と同じ五厘高校に通っている。現在は高校2年生。今日は入学式ということで、1年生以外は休みであった。


「ただいまです、先輩。一応友達もできて出だしは好調って感じです」

「良かったー。周りに怪しい動きしている人はいなかった?」

「私が見た限りでは特に……」

「なら大丈夫よ。学校で襲われることはまずないから安心して」


 夜菜はニコッとして千咲の肩をポンポンと叩いた。


「……あの、比呂ってもう帰ってきましたか?」


 肩をポンポン叩かれながら千咲は夜菜に質問する。


「うん、さっき帰ってきたよ。何も言わずに銃技場に行っちゃったけどね」

「分かりました」

「用事?」

「この後一緒に訓練することになってるんです」

「そうなのね。私は比呂君には全く歯が立たないから訓練する気にならないよ……。助けて貰った身なのにね」


 夜菜の表情には少し陰があるように見えた。残念ながら千咲にはその表情の意味がわからなかった。


「……とりあえず頑張って。私は少し出掛けてくるね」

「一人で大丈夫ですか?」

「近くのスーパーに行くだけだから。それじゃ私支度してくるね」


 そう言って夜菜は玄関の奥に消えていく。千咲も後を追うようにリビングへと向かった——。



 ※※



 この駄菓子屋「白光屋はっこうや」の地下は一つの家となっている。玄関を抜けると奥に広がるのは割と広めのリビング。キッチンもしっかり完備されている。奥には廊下が続いており、その先にいくつかの小部屋がある。


 千咲はその小部屋の一つに入り、背負っていたリュックを降ろした。部屋は6畳程度でベットと机、それにいくつか棚があるくらい。女子高校生の部屋としては少しインパクトに欠けるのかもしれない。


 部屋の脇にあるクローゼットを開けた千咲は、今身に着けているまだピカピカの制服を脱ぎ、代わりに中にかかっていた運動着を取り出した。制服とは対照的に、こちらは少し汚れが目立っている。運動着を着た千咲は一度呼吸を整えてから再び小部屋を出た。


 お出かけ用の少しお洒落な服に着替えてバックを持っている夜菜を横目に千咲はリビングの奥にある階段を下り始めた。


 しばらくその階段を下り、目の前に現れた大きな扉を開けると視界は一気に開けた。——そこには学校とほとんど規模が変わらない銃技場があった。


 パァァン。パァァン。その銃技場に鳴り響く銃声を聞きながら千咲はまっすぐ銃技レーンへと向かう。


 そこにいたのは、その銃声の正体である比呂だ。黙々と的に向かって実弾を打ち込んでいる。的との距離はなんと20メートル以上。


 その腕前に変わらず感嘆しながら、千咲はちょうど撃ち終わった比呂に声をかけた。


「比呂、さすがだね」

「ようやく帰ってきたか。これはいつも通りだ」

「毎回そうやって言うじゃん。全国の高校1年生の中では、ずば抜けた能力だよ」

「お世辞どうも」


 そう言って実弾を装填し、再び銃を撃ち始めた比呂を見て小さくため息をつく千咲。これがいつもと変わらない光景である。ちなみに冗談抜きに比呂の技術は本当に上手であり、千咲はそれなりに影響を受けている。


「……友達できたか、千咲?」


 視線を的に向けたまま比呂は唐突に聞いてきた。


「一応ね。カラオケ行く約束しちゃった」

「行くのはいいが気を付けろよ。まあカラオケ程度なら大丈夫だとは思うが」

「そういう比呂は友達できたの?」

「俺は最初から作る気がない」

「そういうところだよ比呂! 友達いたほうが楽しいんだから」

「善処する」


 一切的から視線をずらさず受け答えをする比呂を見て、千咲はもう一度小さくため息をついた。3か月以上関わって分かったことだが、比呂はもともとそういう人である。今さら考えを改めさせようとしても無駄なのだ。


「……それで、友達から偽名で呼ばれた感想は?」

「なんか変な感じだったなー。普通にです……って言いそうになったよ」

「最初はそんなもんだ。今後提出物とかで名前間違えるなよ」


 そのまま銃を撃ち終わった比呂は身に着けていたゴーグルを取って千咲に渡してきた。


「ほら、今日も始めるぞ」

「……相変わらずだよねほんとに」


 千咲は少し呆れた顔を見せながらも、ゴーグルと比呂の持っていた銃を受け取り、近くに置いてある実弾をセットし始めた。


「……そうだ、言い忘れていたが俺は3組だからなんかあったら隣の教室に来い」

「了解。できるだけお世話にならないといいけどねー」

「それを言うならそもそもここにいないのが一番なんだがな」

「今さら言ってもさ、それ」


 千咲はカチャッと銃を的に向けて実弾を撃ち始めた。この3か月間、ひたすらに比呂と練習をし続けた結果、実弾の扱いは格段に向上した。正直言って、エイムに関して言えば比呂と互角レベルにまで上達してきた。


 さすがに全ての弾を的の中心に当てることはできないものの、大きく外れることはなかった。もちろん、比呂にはまだまだ敵わないのだが。


 それでも、そんな千咲の銃技を見て、比呂はうんうんと頷いていた。


「うん、さすがだな。この短い時間でここまで上手くなれるんだから、お前の素質はかなりいいんだろうな」

「お世辞どーも」

「よしっ。じゃあ、今日はをやるか」

「無視しないでよ……。でも久しぶりだね……まあやるけどさ。そんな上達している気がしないよ。正直また同じ結果になりそう」


 ゴーグルを外して少し自信なさげな顔をする千咲。


「大丈夫だ。あくまで練習だからな。何度でも相手してやる」


 そう言って比呂は一足先に歩き始めた。千咲もそれに続いて銃技レーンを後にした。


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