019 入学

「ただいまより、五厘ごりん高等学校の入学式を執り行います。一同、ご起立ください——」


 少しずつ暖かい日々が増え、比較的過ごしやすい季節となった4月上旬。都心から割と西に位置する地にある五厘高校に期待に胸を寄せた新入生が集まっていた。その中には一人の茶髪の少女と黒髪の小柄な男も並んでいた。


「新入生の誓い。1年2組、藤倉愛花ふじくらあいか

「はいっ!」


 元気な挨拶が体育館に響き渡るとともに金髪ポニーテル女の子が登壇する。特に面白いと思う場面もないまま入学式は着々と進んでいった——。



 ※※



 入学式が終わった峰原雫——ではなく本条千咲ほんじょうちさきは自分のクラスである1年2組へと向かう。みんな初めて出会った人たちであるから廊下で話している人はほとんどいない。


 教室に入った千咲は廊下に近い一番後ろの席に座る。特にやることがない千咲はとりあえずバックから本を取り出し読み始めた。


「——ねえ……ねえってば!」

「……!」


 しばらくすると突然前から声を掛けられた。すっかり本の世界に入り浸っていた千咲はつい体をビクッとさせた。


「……あ、ごめん気づかなくて」

「も〜、ずっと声かけたんだよ! あ、アタシは藤倉愛花! これからよろしくね」


 さっき入学式で喋ってた人だと思いながら千咲は本を閉じて返答する。金髪ポニーテルをゆらゆら揺らしているのが可愛い。


「えっと、私は……じゃなくて本条千咲。よろしくー」

「千咲ちゃんって呼んでいい? 仲良くしようね!」

「うん、いいよー。私も愛花って呼ぶね」

「千咲ちゃん、その髪いいね!」

「この前明るく変えたんだー」


 千咲はもともと茶髪であったが、最近より一段と明るいブラウンに変えた。長さも少し切ってショートに近い髪型である。


「愛花もそのポニーテールいいね」

「ありがと! お気に入りなんだ~」


 特にコミュ力を心配しているわけではない千咲であったがひとまず友達が出来たことに安心した。


「千咲ちゃんは何か趣味とかあるの〜?」


 早速恒例の自己紹介タイムのスタート。これも春という季節の真髄である。


「私は読書かなー。最近はミステリーが好きだよ」

「いいね〜。私は音楽が趣味でね! 歌うのが大好きなんだ〜」


 そう言って愛花はスマホを取り出すとSNSを開き一本の動画を見せてきた。


 その動画には一本のマイクに向かって歌っている少女の姿があった。上手く顔が見えないように工夫されている。SNSではよく見る光景だった。


「見て〜。これアタシなんだよ」

「えっ、動画投稿してるってこと?」

「そう! 最近流行りの歌ってみた! アイクラって名前で活動してるんだ。この動画はなんと1万回も再生されてるんだ〜」


 すごい。普通に千咲は感嘆していた。これぞまさにインフルエンサーである。現代の女子高生はこれが普通なのだろうか……。


「あの、もしかして、君がアイクラさんなんですか?」


 愛花と話していると突然後ろから声をかけられた。振り返ると眼鏡をかけた黒髪ロングヘアーの少女がそこにいた。


「うん、そうだよ〜。えっと、君は?」

「私は上坂凪うえさかなぎです。よろしくお願いします。いつもアイクラさんのこと見てました。まさか同じ学校にいるなんてびっくりしました」

「え〜嬉しい! ありがとう〜」


 千咲は見たことなかったがそれなりに有名らしい。


「私歌うのが下手で、藤倉さんのように上手くなりたいんです」

「え〜そうなんだ。今度一緒にカラオケ行く?」

「いいんですか? ありがとうございます」

「千咲ちゃんも一緒に行こうよ!」

「うん、いいよー」


 入学早々遊ぶ予定も決まり、出だしは好調である。高校生活はなんとかなりそうだ。


「愛花っち。それ、ウチも参加していい?」

「あ! すずちゃんも行きたい?」

「うん」


 今度は愛花の隣から紺に近い髪色を持った小柄な子がやってきた。


「あ〜えっと、彼女は松野鈴まつのすず。鈴ちゃん、千咲ちゃんと凪ちゃんだよ!」

「よろしくー」

「よろしくお願いします」

「千咲っちと凪っちね。うん、よろしく」


 みんないい子だなーと思いながら千咲はできたばかりの友達との会話を楽しんでいた。



 ※※



「はーい、みんな席について」


 しばらくガールズトークに花を咲かせていると女性の先生が入って来た。スラっとしたスタイルが印象的である。そこまで会話が多くなかった教室が一気に静まり、みんなが席につき始めた。


「では改めまして。新入生のみんな、ご入学おめでとうございます。えっとー、いろいろ配る書類とかあるんだけど、まずは私の自己紹介だけするわね」


 そう言って先生は振り返って黒板に文字を書き始めた。自分の名前を書き終わったところで再び生徒のほうへ向き直った。


「……よしっと。私は瀬戸桃香せとももか。今年度からこの学校に赴任してきました。だからみんなと同じ1年生。ってことで1年間よろしくね」


 桃香は一度ニコッと微笑んだ。千咲から見ても可愛いと思うほど整った顔立ちをしていた。


「私の誕生日とか趣味とかのお話はまた明日みんなが自己紹介をするときにしたいと思うので今は我慢してね。今日は事務的なお話をしまーす。最初に大事なお話から」


 そう言って桃香は1枚のプリントを配りはじめた。


「ど〜ぞ」

「ありがとう」


 前に座っている愛花からプリントを受け取る。その内容はパソコンについての内容だった。


「全員に渡ったかな? えっと、既にみんなには伝わっていると思うけど、この学校ではみんながパソコンを用いて授業を行います。いわゆるICT改革の一つですね。ほとんどの人はもうパソコンは準備してくれてると思うけど、来週から始まる授業で用いるからまだの人は早めに用意してね。それと以降は書類は基本データで送ることになるからちゃんと確認すること」


 高校生でも一人一台パソコンを持つ時代である。学校の形もこうして変わっていくのだろう。


 その後は、提出書類の話やら学校生活の話やらを聞かされて今日は終了となった。


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