018 そして始まる

 ——少し薄暗い部屋の小さな一室。四人の男性と一人の女性が向かい合っていた。そのうち二人の男は床で土下座をしている。一人は赤髪が特徴である。


「……大変申し訳ありませんでした」

「これは私たちのミスでございます」


 残りの三人は椅子に座っている。このうち二人は夫婦のようだ。夫婦ともにスーツを着用しており、夫のほうは少し小柄な印象である。一方妻のほうはモデルのように美しい体格をしていて、スタイルも抜群に良い。その瞳には少し影があるように見えた。


「……そう言っているが、どうだ幸一こういち?」


 その二人とは少し離れたところに座っている眼鏡をかけた白髪の老人が問いかけた。


「大丈夫です。僕は特に恨んでいませんから。顔をあげてください」

「いや、私たちの力不足でございます。どんな処罰でもお受けいたします」

「気にしなくていいのよ。これは全て宗太が約束を守らなかったことが始まりなんだから」


 土下座する二人に対して夫婦は怒ってはいないようだ。二人は顔を上げるも、すぐに下を向いた。


「……二人はこう言っているから、お前らはもう出てってよい。今回は見逃す」

「ありがとうございます」

「失礼いたします」


 そう言ってゆっくり立ち上がった二人はそのまま部屋を後にした。


 三人が残ったその部屋で老人が口を開いた。


「……本当に良かったのか? 彼女はかなり宗太と長い付き合いなんだぞ」

「問題ありません、水之江みずのえ様。今までの彼女との会話を感じ、あの日以外に家のことを話していることはなかったですから。それに相手はただの中学生です」


 夫のほうは特に表情を変えないまま静かにそう告げた。その顔からは彼の心の底が伺えない。


「そうか。なら構わない。それで、のほうはどうなった?」

「1時間以上前に向かわせたので、そろそろ戻ってくる頃だと思います。まさか、がこちらに首を突っ込んでくるとは思いませんでしたが」

「念のため接触してGPSをつけておいたのが功を奏したわね」


 すると部屋の扉がぎーっという音を立てて開き、一人の男が入ってきた。


「失礼いたします」


 一部を金に染めた髪が目立つその男はそのまま空いている椅子に躊躇なく座った。男は白髪の老人のほうを見て口を開いた。


「一体何のお話をされていたんですか?」

「ちょうど今、君の話をしていたところだ。それでどうだったんだ紡?」

「無事に終わりましたよ。かなり抵抗してきましたけどね」

「ちゃんと処理はしたんだろうな」

「もちろん、しっかりと工作しておきましたから」


 一部が金髪の男は気味の悪い笑みを浮かべながら夫婦のほうを見た。


「それで幸一様、彼女のほうはどうするんですか?」

「一旦無視することにした。僕たちにとってそこまでの害はない」

「いいんですか……? おそらく、またにやられましたよね?」

「……」


 幸一と呼ばれている夫は一旦黙った。代わりに老人が口を開く。


「確かにをどうするかは我々の大きな課題だ。だが、今はむやみに手を出すべき時ではない。他にやるべきことがある」

「……分かりました。ただ、私は引き続き追わせていただきますので」

「勝手にしろ。ただし、を使うのは控えるんだ」

「承知してますよ、そんな簡単に使うことはしませんから。では、私はこれで」


 金髪の男は笑みを消さないまま椅子から立ち上がり、そのまま扉の前に移動したところで歩みを止めた。


「……そうだ、幸一様。後でお渡ししたいものがあります。先ほどの男2人から預かったものなのですが、この後私のところに寄っていただけますか?」

「……ここで渡せばいいのではないか?」

「いえ、おそらくですがとてもと思いますので」


 そう言ってポケットに手を突っ込んだ男はそのまま部屋を出ていった——。



 ※※



 あえてタクシーを家から少し遠い場所で降りた雫と比呂は雫の家に向かっていた。既に外は真っ暗で申し訳程度の街灯がチカチカと点滅している。全身がぶるぶると震えるような冷たい風が体に吹き付ける。特に会話することもなく、二人はただ黙々と歩いていた。雫の目にはまだ涙の跡が残っている。


 歩くこと5分。雫の家にたどり着いた二人だったが、雫はある違和感を抱いた。


「……あれ?」

「どうした雫?」

「父さん、今日の夕方には家を出るって言ってたからもういないと思ったんだけど」


 見ると、家のリビングの明かりがついている。時刻はとっくに19時を過ぎているから、徹はもう家にいない時間だと雫は思っていた。


「まだいるのかもな。とりあえず俺は外で見張ってるから必要なものを取ってこい」

「ありがとう」


 雫はバックから家の鍵を取り出し、開けよう……としたが。


「……あれ?」


 なぜか既に鍵は開いていた。雫は不思議に思いながらもガチャッと扉を開ける。ぎーっと変な音を立てながら扉が開く。


「……ただいまー。父さん、まだいるの?」


 一応リビングに聞こえるような声で問いかけてみる。しかし、しばらくしても応答がない。


「……父さん? いるんじゃないのー?」


 もう一回叫ぶも何も返ってこない。


「おかしいな……」


 雫は靴を脱いでリビングに向かった。リビングの扉は閉まったままで、外から見た通りリビングの明かりはついたままである。消し忘れかと思ったが、普通は気付きそうなものだ。第一、鍵をかけ忘れることがあるだろうか。


「……ねぇ、父さん……」


 リビングの扉を開けながらもう一度声をかけたその時だった——。


 








 雫の目に入ったのは——赤い液体だった。


「——えっ」


 ドクンッ。雫の心臓が大きく跳ねる。脳裏にがフラッシュバックする。


「うそ……でしょ……」


 雫はおそるおそるリビングの中へ入った。









 ——そこで見た景色は雫の心を完全に砕いた。








 そこには血を流して倒れた徹の姿があった。——片手に銃をもったままの姿で。


「……あっ……ああ……」


 手に持っていたカバンがドンっという音を立ててその場に落ちる。雫はその場に膝をついた。


「いやあああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 一人の少女の悲鳴だけがその空間には響いていた——。





 第1章へ続く——。




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