016 二条比呂

「——よし。二条、あとはいつも通り頼んだぞ」


 握手を交わした手を離した総督はそう言い残してそのまま部屋を出ていった。部屋の中に雫と比呂が取り残された。今すぐにでも張り裂けそうな緊張感が変わらず漂っていた。


 しばらく続いた沈黙を最初に破ったのは比呂のほうだった。


「……雫、とりあえず話を聞いてくれ」

「……はい」

「改めてしっかり自己紹介しようと思う。俺は二条比呂にじょうひろ。さっきも言っていたが、これは偽名だ。年齢は15歳。お前と同じ中学3年生だ」

「……それは本当なんですか? でも中学生は銃持てないですよね?」

「敬語じゃなくていい。ここでの先輩後輩は学校と同様学年で決まる。話を戻すが、もちろん中学生は銃なんか持てない。でも、そんなことに従っていては助けられる命も助けられない」


 今の日本では法律で中学生以下の銃所持は禁止されている。先程使っていたのがいくら偽弾といえど、警察に見つかれば普通に補導対象である。


「そうなんだ……あの、なんで二条さん……あ、比呂さんは私の名前を知っているの?」

「呼び捨てでいい。まだその話をしていなかったな」


 比呂は初めに会った時から既に雫の名前を知っていた。不思議に思うのも当然である。


 比呂は先ほど総督がいじっていた机の上のパソコンをカタカタ操作して、さっきとは違う画面を開いた。そこにはメッセージチャットの画面が映っていた。


「これを見てほしい」


 雫がその画面をのぞき込んだ刹那——雫は絶句した。


『拘束対象:峰原雫(師道中学校3年生)

 ○○公園にてその姿を目撃、人目のないところで拘束しろ

 言うことを聞かなければ殺しても構わない』


「なに……これっ……」

「これは黒陰が暗殺や拘束指示を出すときのみ使用しているチャットだ。黒陰が何かしら動くときはこのチャットに指示が伝わる。おそらく黒陰の関係者全員がつながっているチャットなんだろうな」

「……これを見て、私のところに来たってこと?」

「そういうこと。公園にいたのは主に家族連れだったから、検討はつきやすかった」


 どうやら茜と別れた時点で既に双方から目を付けられていたらしい。正直とても怖い話だが、比呂に目を付けられていなければ、雫は今ここにはいない。


「……そのチャットはどうやって見つけたの? それを見てることはバレるんじゃない?」

「これは約1年前に別の子を助けたときに、偽弾で気を失った黒陰のスマホをその場で指紋認証していじっていた時に見つけたものだ。すぐに別のやつが来たから、そいつのアカウントを俺のスマホでログインしてそれを見てるってわけ」

「それ大丈夫なの……?」

「今のところは。別に何かを送ってることもないしな」


 本当に大丈夫なのかは分からないが、どうやら雫が助けられたのは必然だったらしい。それにしても比呂は一体何人の人を助けているのだろうか。


「でもこれが唯一の黒陰の情報源だ。残念ながら今のところこれ以外の情報はつかめていない。最近は襲う奴らのスマホはほとんど2重ロックがかけられていてすぐに開けられないんだ」

「そうなんだ……」

「今はこのチャットのおかけで多くの命を助けらている。もちろん、このチャットには伝わらない暗殺や拘束があることも否定はできないけどな。まあ、奴らがこのチャットを使わなくなったら大変だが」


 そう言って比呂はパソコンの画面を閉じると改めて雫に向き直った。


「さて、この組織にいる中ではいくつか約束ごとがある」


 比呂は手で1の形を作って言った。


「一つ目。この組織の中では必ず偽名で呼び合うこと。大事なことだが実名を聞いてはいけない。この組織内ではそれはタブー。もちろん、俺の名前もな」


 そのまま手を2本目の指を上げて言った。


「二つ目。必ず銃技訓練を積むこと。命を狙われた以上、自分の命を守る術を身に着けるしかない。いくら俺がいるといっても、さすがにずっと見ることはできないからな。白陰の本部及び支部にはすべて訓練場あるから安心だ」


 そして、比呂は一呼吸おいて3本目の指を上げた。


「三つ目。俺たちが指定した学校に必ず行くこと」

「……えっ、学校行って狙われないの……?」


 先程までは保護する云々言っていたのだが、急にそれとかけ離れたことを言い始めた。


「もちろん狙われる危険性がある。ただ、あくまで表向きは普通の学生だ。狙われた人が全員学校に来なくなればそれだけで怪しい。それに、これ以降外出できないのはさすがにきついだろ。まあ、当然学校でも偽名を使うことになるが」

「今の中学はどうするの? 明日も学校なんだけど……」

「一旦休んだほうがいいかもな。それで高校は俺も進学する五厘ごりん高校へ来い」

「五厘高校ってあの……? なんで?」


 五厘高校は東京の西側の都会から少し離れた位置にある高校だ。偏差値は少し低いくらいである。雫の今の学力なら余裕で入学できるレベルだ。


「五厘高校には関係者がいてな。あそこなら他の高校に比べて情報管理もしやすい。単純に安全なんだ」

「……なるほど」

「ちなみに処理は全て総督が中心となってやってくれるから、受験もいらない」

「そんなのいいの?」

「それくらい裏で何とかなる。最近は定員割れしてるらしいから受験しても普通に受かるんだがな」


 相乗そうじょう高校を受験しようと頑張っていた雫にとっては正直納得のいかない話ではあるが、今までの話を聞いているとそれは諦めるのが無難な気がしていた。


「とりあえず約束事としてはこんなもんだ」


 そう言って比呂は立ち上がると雫の目を見て言った。


「問題はこの後どうするかって話だ——」

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