015 白陰
「——同じような、経験……?」
雫はその言葉の意味が呑み込めない。
「そう。君と同じように突然知らない人たちに銃を向けられ脅された人たちだよ」
「……どういうことですか?」
雫の頭はさらに混乱している。ただでさえ知らない人たちに知らない場所に連れてこられ、そこでまた意味の分からない話を聞かされているのだから。
「……信じられないと思うが、この世の中には突然人の命を狙う奴らがいるんだ。そのターゲットになってしまった子たちがここにいる。私たちはそういった子たちの命を助け保護しているってわけだよ」
「……まあ要するに襲われた子たちを助けてるってこと……雫、お前のように」
隣で他所を見て座っていた比呂が静かに口を開いてそう付け加えた。
この世界で命を狙われる子たちがいる——。その事実が信じられない雫であったが、自分が襲われたことを踏まえると無くはない話だと思った。
「……あの、つまり……私みたいな人が他にもいて……その人たちを救っているってことですか?」
「そう、そういうことだよ。だから私たちは君の味方だ」
「じゃあ、あの……さっきの夜菜さん……も?」
「……ああ、有馬ね。彼女もそうだよ。約半年前に学校帰りに襲われたんだ。そこを二条が助けた」
隣で比呂が小さく頷いた。どうやら比呂は普通の人ではないらしい。
「……でも、そんなことがなぜ起こるんですか……?」
当然の疑問である。そもそも雫はなぜ自分が突然襲われたのかすら分かっていない。総督は一度下を向いて再度雫に向き直った。
「——それは、私たちにもわかっていないんだ」
総督は静かに言う。
「……白陰はもともとその謎の集団の正体を追うために創設された組織だ。なぜ峰原さんのように命が狙われてしまう人たちが出てきてしまうのか。その事件はなぜ公になることがないのか……」
総督はそう言って、机の上にあるパソコンを開いた。しばらくカチコチいじっていると、あるページを開いた。
「これを見てほしい」
雫が覗き込むとそこには機密文書と書かれた画面が映っていた。
「ここにはこれまでの白陰の活動記録が残っている。少し読んでみるといい」
雫は言われるがままにパソコンの画面をスクロールし始めた。この文書の簡単な内訳はこうだ。白陰は総督が中心となって約3年前に結成され、そこから拡大を続け今では複数の支部を持つ組織になっていること。命を狙う奴らを「
「……要約すると、裏でこそこそと何かを企んでいる奴ら、俺たちが『黒陰』と呼んでいる者たちがいて、奴らの目的を知り襲撃を防ぐことがこの組織の目的だってことだ」
資料に目を向けていると比呂がこっちを見てそう言った。
——銃社会であるこの日本。銃による正当防衛が正当化されているものの、銃を用いた殺人は普通に行われているこの世の中である。雫は決してあり得ない話ではないと感じた。
「……そんな漫画みたいなこと、本当にあるんですね……」
「そう、怖い世の中だよ」
雫は再び資料に目を向ける。資料の中でいくつか気になる点を見つけていた。
「あの、少し質問してもいいですか?」
「もちろん」
「この資料を見ると、『偽名欄』があるんですけど……」
保護した人たちのリストを見ると日付、場所、簡単な状況が記されたあとに保護対象者として偽名欄があった。なぜか実名は書かれていない。
「よく気づいたね。ここにいる全員はすべて偽名を使って生活しているんだ」
「……偽名ですか?」
「ここにいる二条もさっき言ってた有馬も実はすべて偽名だ。もちろん保護しているわけだから、実名を使っていてはリスクが高い」
「でも、それだと日常生活で困るのでは……?」
いくら偽名ならリスクを抑えられるとは言っても、それでは生活上問題が出てくるのではと雫は思った。
「それに関しては心配しないでいい。こう見えて国の機関にも協力者がいるから」
どうやらこの白陰という組織は思ったより大きい組織らしい。
「……つまり、私も名前が変わるってことですか?」
「厳密には君についての、国が保有するデータすべてを一旦偽名で書き変えるって言うわけだ。もともとの実名は一応データとして残っているから、名前自体が無くなるわけではない」
「……なるほど」
国のシステムなどさすがに詳しくない雫だったので、ただ納得するしかない。総督は改めて雫の目を見て言った。
「とにかく、いろいろ話してきたけど峰原さんも白陰の一員になってほしい。私たちがいれば君を守ることができる。そしてともに黒陰の真実を追いかけてほしい」
雫は一度下を向いた。いろいろ話を聞いてきたが、まだ分からないことが山ほどある。さすがに雫の命を狙うような人たちではないだろうが、信じていいものなのか雫には判断がつかなかった。
「俺たちを信じるかは雫次第だ」
しばらく黙っていると比呂がそう言いながら雫の視線を捉えた。
「勝手にここに連れてきて一緒に真実を追いましょうと言われても簡単に受け入れられるものではない。命を狙われた今、何を信じて、何に頼るのか、それはお前が決めることだ」
「……」
「ただ、お前はまだ銃を実践で使ったことはないだろう。その状態で襲われたとき、お前は自分の命を守れるのか?」
雫は俯いて小さく首を横に振った。
「もし白陰の一員になるのなら、俺はお前を守ることはできる」
比呂はゆっくりと続ける。
「最初は俺たちを疑っていたって構わない。時間をかけて信じてくれればそれでいい。ここにいる人たちも初めはお前と同じ反応をしている。それでも、ともに戦うことを誓った人たちが集まっているんだ」
比呂はそう言って一呼吸おくと、鋭い視線を向けた。
「選べ。一人で戦うか、ともに戦うかを」
「……」
しばらく俯いたままだった雫は、決心したように静かに顔を上げた。そのまま比呂にまっすぐに向き合う。
「よろしく……お願いします」
比呂は無言でうなずいた。かすかに口角が上がっているかのように雫には見えた。
総督は椅子から立ち上がると手を差し出してきた。
「——ようこそ、白陰へ」
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