013 そして狙われる
会計を済ませてファミレスを出た二人は近くの公園に移動した。雫が宗太にペアリングを渡そうと思っていた場所である。
「着いたねー。ここ久しぶりに来たなぁ」
「日曜だから人も多いね」
ここの公園は遊具が多く、休日である今日は子供連れの家族でにぎわっていた。そんな遊具をよそに雫たちは公園の端にある木々に囲まれたベンチに座った。
ここはちょうど周りからの視線が遮られる場所であり、雫も宗太と夕方や夜の時間帯によく利用していた場所であった。
「……それにしても寒いね」
「そうだね、コンポタ飲みたい季節だー」
「いいねそれ。私買ってこようか? 近くに自販機あるし」
「いいの?」
「いいよ、買ってくる」
茜はすぐに立ち上がって近くの自販機へ。一旦一人になった雫はもう一度ポケットからリングを取り出す。
本当はここで渡す予定だったもの。もっと良い場所もあるかもしれないが、お互い受験生ということもあり遠くに出かけることは計画していなかった。
いつまでも見ていたいところではあるが、これ以上宗太のことを思い続けても悲しい気持ちだけが溢れ出てくるので、雫はそのままポケットに戻した。
そんなこんなで待っていると、茜が2つのコンポタ缶を持って走って戻ってきた。
「おまたせ。どうぞ」
「ありがと」
「お金はもらうよ。130円」
「いやだ」
「ダメだよ。渡してくれるまで帰らないから」
「私が先に帰るもん」
「雫、次会った時に倍にして返してもらうけど」
「冗談だよ茜。はいお金」
カバンから財布を取り出して130円を渡し、まだ温かいコンポタを開け飲む。コンポタが体中に染みて、寒さを一時的に忘れさせてくれる。
「はあー。温かいなー」
「……コーンが缶に残っちゃう」
「それなー。これ難しいんだよね」
茜との特に中身のない会話が雫は好きだ。変に気を遣うこともなく、ただ思ったことを喋っているこの時間が今の雫にはオアシスのように感じた。
「……そういえば、茜は志望校どうしたの?」
少し話題を変えてみる。茜はなかなか進路が決まらず、都内にあるいくつかの高校で迷っていた。なお、茜の成績は普通の中の普通である。
「いろいろ悩んだんだけど
「少し前までもうちょっと上のレベル目指そうかなって悩んでなかったっけ?」
「今回の件があって受験当日まであんまり集中できそうにないかなって思って。正直高校とかどこでもいいかなって考えてはいたから」
「茜が決めたことならそれでいいと思うよ」
「本当はもっと将来のこと考えて決めるべきなんだろうけど。そう言う雫は変わらず相城高校受けるんでしょ。もっと頑張らなきゃ」
「気持ちは早めに切り替える予定だから」
「雫はすごいね。自慢の親友だよ」
交差点で待ち合わせした時と同じように茜が頭をよしよししてくる。今日はなぜか悪い気がしない。それだけ心が辛く、寂しくなっていたのだろう。
「冬休みさ、一緒に勉強しようか?」
「いいね。久しぶりに雫の家行きたい」
「今部屋が汚いけど許してね」
「そんなことないでしょ。少なくとも私がお邪魔した時はいつもきれいだった」
「それは普段は整理整頓してるからだよ。……今はあんまりその気になれなくてさ」
「大丈夫。私の部屋のほうが散らかってるから」
「……前行ったとき床が見えなかった気がするなー」
「それは言いすぎ」
お互い顔を見て笑い合う。茜といると気持ちが楽になるからこそ、冬休みは茜と勉強した方が集中できる気がした。今の雫の実力では合格できるか微妙なラインのため、しっかりと気合を入れて頑張るしかない。
それから長い時間たわいもない会話をした二人。気が付けば、時刻は既に17時半を回っていた。12月ということもあり外はもう暗くなっている。
「……寒くなってきたし、そろそろ帰ろうかー」
「そうだね」
公園を出た二人はゆっくりと歩いて、例の交差点までやってきた。
「……ここでお別れしよ。今日は本当にありがとう」
「こちらこそ。……もとは私から誘ったからお礼を言うのは私なんだけどね」
「いいよ。私も雫に会いたかったから。明日は元気に学校行けそう」
「私も。すぐに冬休みだけどね」
「そうなんだよね」
今日は雫にとってこの1週間の中で一番笑った日になった。今日得たパワーを明日からの糧にしよう。そう感じた雫は昨日よりもずいぶんと気持ちが楽になった気がした。
「じゃ、また学校で会おうねー」
「うん、バイバイ」
お互い笑顔で手を振ってお別れ。茜の姿が見えなくなるまで見送ったあと、家までの道をゆっくりと歩き始めた。時刻的にすでに徹はもう家にいないだろう。今日の夕飯は冷蔵庫にある野菜の余りで炒め物でも作ろうかと考えながら、雫はゆっくりと歩みを進めた——。
※※
裏通りに入り、そのままゆっくりと歩いていると、ふと後ろで何かが動く気配がした。
咄嗟に振り返る雫だが、もちろん後ろには誰もいない。気のせいだと思い、再び前を見た瞬間だった。
雫の目の前には一人の大柄な男が立っていた。
——雫に銃口を向けて。
雫は口を開けたまま動くことが出来なかった。男はニヤリと笑うと口を開いた。
「死にたくなかったら手を挙げな」
いつの間にか雫の後ろにも一人の赤髪の男がいて、同じように銃口を向けている。突然の状況に雫はただ指示に従うしかなかった。ただ、心臓の鼓動が体中に響いている。
「……よし、いい子だ。そのままおとなしく付いてきてもらおうか。君には少し用があってね」
男が首を振って、雫の後ろにいる男にサインを送る。赤髪の男は雫の両手を掴み、そのまま手錠を取り出した。
「もし手を動かそうとしたら拘束する」
赤髪の男が小さく言い放つといきなり、後ろから足を蹴られた。
「……ひっっ」
「声を出すんじゃない。早く付いてこい」
どうやら前に進めという意味らしい。雫は必死に状況を理解しようとしているものの、到底物事をゆっくり考えられる状態ではない。
一切の抵抗をすることができないままただ大柄な男に付いていくことしかできなかった。
「……おい、車の手配は済んでいるんだよな?」
「もちろんです。次の交差点を右に曲がってすぐのところに」
「そいつを暴れさせるんじゃないぞ」
「承知してますよ」
会話を聞くところ、どうやらこのままどこかへ連れていかれるらしい。
「……」
さすがにこのままではまずい——。そう感じた雫は少しでも抵抗しようと、男たちが喋っている隙に体を一気に動かし、男の手を解こうとした。
「……っ!」
男は一瞬たじろいだ。手を握る力が少し弱くなったその間に逃げようとした雫。
「逃さん……!」
しかしその直後、赤髪の男に再び捕まり地面に叩きつけられた。
「……うっ!」
「暴れるなといったはずだ」
先程よりも強い力で押さえつけられる。大柄な男が大きなため息をついた。
「……まったく、さっきまではいい子だと思っていたんだがな。話を聞かせてもらおうとしたんだが仕方ない、殺していいぞ。許可は下りてるからな」
「わかった」
「くっ……!」
そう言うと、男は再び銃口を雫に向けた。男に抑えられている今、雫にできることは何もなかった。
もうダメだ——雫は目を思いっきりつむった。次の瞬間、銃声が裏通りにこだまする。
——直後、抑えられていた力が急に弱まった。そして、人が倒れる音が聞こえる。そして銃声がもう一発。バタンという音が再び耳に届く。
雫はゆっくりと目を開けた。状況が読めないまま、なんとか立ち上がり周りを見る。雫はある方向で視線を止めた。
——目の前には銃を持った黒髪の小柄な一人の青年がいた。いや、同い年くらいだろうか。青年は雫に視線を合わせると静かに言った。
「……お前が峰原雫……だな」
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