011 会いたい

 ——あれから1週間が経過した。


 師道中学校は月曜火曜と臨時休校となった。都警察が立ち入り、学校の安全管理がきちんと行われていたかの調査が行われた。水曜日には緊急の全校集会が執り行われ、夜には保護者説明会も実施された。


 監視をしていた彰浩は監督責任を問われ、自ら辞職する選択をした。


 こうして多くの予定変更を余儀なくされた学校は、来週には2学期終業式も控え、あっという間にもとの学校生活へと戻っていった。



 ※※



 宗太の葬式は火曜日に親族のみで執り行われたらしい。もちろん雫は宗太の関係者ではあるが、結婚しているわけでもないので当然葬式に参加することはできなかった。


 宗太の両親とは残念ながら話をすることが出来なかった。徹が付き合っていたという情報を宗太の親から仕入れたということは宗太はこの関係を両親に話していたことになる。宗太は親にそんな話をするタイプだとは思っていなかったので、雫にとっては意外なことであった。結局、雫は何をすることもできないまま時間だけが過ぎていった。


 日曜日に退院した雫は今週いっぱいは学校を休んだ。その間、学校のカウンセラーが毎日家に訪れ、長い長いカウンセリングが行われた。


「——それでは、失礼するわね雫さん」


 12月19日土曜日。今日も2時間に及ぶカウンセリングが終わり、部屋に一人になった雫。カウンセリングのおかげもあって、今はゆったり読書ができるくらいにはだいぶ気持ちが落ち着いていた。


 カウンセラーが帰り、スマホを確認すると何件かメッセージの通知が来ていることに気づく。差出人は茜である。


 学校を休んでいる期間、茜とだけは毎日連絡を取り合っている。もちろん、茜も知り合いが亡くなったことでショックを受けてしまい、雫同様今週は学校を休んでいた。


『茜:おはよ雫。今日もカウンセリング終わった?』


 連絡は1時間前に来ていた。今日もいつものようにメッセージに返信する。


『雫:今終わったとこ。今日も話してるだけだった』


 返信してすぐに既読はついた。30秒も経たない間に返事がきた。


『茜:段々と雫が元気になってきてよかった。私も落ち着いてきたから来週には学校行けると思う。もう終業式近いからすぐ終わっちゃうけど』

『雫:私も行けると思うよ。宗太いないのは辛い……けど茜がいるなら大丈夫だよ』

『茜:一緒にがんばろう。新しい恋も一緒に探さなきゃ』

『雫:今は勉強しなきゃだめだよ』

『茜:雫は厳しい』


 ある程度冗談を言えるくらいには復活した二人だが、忘れてはいけないのがあくまで受験生であるということだ。特に雫は難関校を目指していることもあり、できるだけ早く勉強に本腰を入れなければならなかった。


『雫:それで一つ提案なんだけどさ』

『茜:どうした?』

『雫:明日の午後ちょっと会わない?』

『茜:雫から誘ってくるなんて珍しい』

『雫:カウンセラーの方と以外お話ししてないからさー。ちょっと会いたくて』

『茜:なるほどね。いいよ、予定空けとくね』

『雫:ありがとう』


 こうして明日の予定を取り付けた雫はそのままスマホを閉じて早めに明日の支度をすることにした。


 先週の土曜日から使っていないカバンには少しほこりが積もっていた。


 カバンの中身は一通り出したため、今は何も入っていない。出かけるのに必要な財布や定期券などを入れる。


 ふと、カバンの奥に小さく丸まった袋があることに気づく。それを取り出すとラッピングされた袋が出てきた。


 ——宗太への誕生日プレゼント、ペアリングだった。


 カバンの奥に丸まっていたことで、ラッピングされていた袋はしわしわになってしまっている。雫はしばらく袋を見つめたあと、丁寧にラッピングを外して中身を取り出す。


 シルバーに輝くペアリングが雫の瞳に映った。


 茜と探しに行った大切な大切なプレゼント。本人の手に届くことはもうない。


 ペアリングの片方を左手で持つ。少し迷った後、自身の右小指にはめる。宗太に合わせて少し大きめのものを選んだので、雫の指には上手く合わなかった。


 リングをはめた右手を顔の正面にかかげて眺める。窓から差し込む太陽の光がペアリングにわずかに反射する。


「……どうしよう……かな」


 左手にもう片方のペアリングを持ち握りしめる。恋人がいなくなった今、このペアリングの意味は何もない。その現実は雫にとって残酷なものでしかなかった。


「私……立ち直れるのかな……」


 雫の瞳には光るものが溢れて出ていた。薬指にはまった小さなペアリングを雫はただ静かに眺めていた——。







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