009 運命の日

 12月12日の朝。一段と寒さが厳しくなり、布団から出たくない気持ちを抑えながら、いつものように制服に着替え、例の交差点へと向かう。しっかりとペアリングを持っていることは確認済みである。


 交差点で待つこと10分ほど。宗太が小走りに手を振りながらやってきた。


「ごめん、待った?」

「大丈夫だよ。今来たとこだからー」


 よく見ると、宗太の髪型がいつもより整っている気がする。いや、気のせいか。


「行こ、今日は早めに自主練切り上げたいし」

「そうだね! もう雫に教えることはほとんど無いしな」


(何度目かは分からないが)手を繋いで登校する。ちなみに今日はお互いに手袋をしているので、恋人つなぎではない。


「そのマフラー大事に使ってくれて嬉しいな」

「うん、暖かいから」

「マフラー雫はとにかくかわいいんだよな! 俺のお気に入りだ」

「……ありがとう」


 少し顔が赤くなっている雫であったが、それはいつものことなのでスルーするとしよう。


 たわいもない会話を続ける二人はそのまま学校へ到着。お互い更衣室へ移動し、体操服へと着替える。


 更衣室の中は暖房もないため一段と寒い。手袋を外してリュックにしまいながら、代わりに中に大事にしまってあるペアリングを取り出す。それを見てひとりニコッとしたあと、もう一度大事にかばんにしまう。


 体操服に着替えた二人は合流して、射撃レーンへ。


「お、今日自主練来るやついるんだな」


 射撃レーンには彰浩が腕を組んで立っていた。期末テストが終わったこともあって自主練に来る生徒は先週から一気に減った。そして今日に関しては見たところまだ誰も来ていなかった。


「おはようございます先生! 今のところ来てるのは俺たちだけっぽいですね」

「そうだな。正直誰も来ないと思って仮眠でも取ろうかとしていた」

「先生、それは良くないですよ。 でも今日は俺たちもすぐに終わる予定です」

「そのほうが先生にとってはありがたい話だ。先生も時には楽がしたいんだよ」

「しっかり仕事はしてください」

「そりゃさすがに生徒がいる時はな。ほら、そこに一通り用具置いてあるから自由にやりなさい。先生は後ろで見てるから」

「ありがとうございます!」


 雫が少し羨ましいと思うコミュ力を持つ宗太と彰浩とのそんな会話を横で聞きながら、雫はいつものように準備をして練習開始。といっても、既にほとんど完成されつつある雫の射撃に宗太がアドバイスすることは特にないので、お互い交代しながら黙って撃つだけである。


 ここ数週間で極まってきた雫の射撃では、的の中心に5発とも当たっている。後ろにいる彰浩は見事だと言わんばかりにうんうんと頷いていた。


 当然のように、宗太の射撃精度は圧倒的である。ほぼすべての弾が的の中心に当たることは言うまでもない。


 練習している途中、雫はふと思い出すことがあった。先週プレゼントを買いに行ったとき茜に聞かれたこと。そして雫もずっと気になっていたこと。宗太が打ち終わったことを確認し、声をかける。


「あのさ、宗太」

「どうした?」

「前から一つ気になってたことがあって。その……宗太って実弾の扱いが最初から上手だったよね?」

「まあ、一応は」

「それで思ったんだけど、なんで最初からそんなに上手なのかなって? 普通に実弾扱うのが初めてだったら私みたいに上手くできないんじゃないかなって思ってさ」

「……あー、それでもしかして経験あるかもしれないって思ったってこと?」

「そういうこと」


 宗太は目を逸らして少し困った顔をしたが、すぐに雫に向き直った。


「……今からする話は誰にも話すなって親から言われてるんだけど」

「それは話して大丈夫なの?」

「雫だから誰にも言わないって信じてる。……実はさ、実弾を使った練習は中学生になった時からずっとやってて」

「……でも、公共の銃技練習場では中学生だと実弾扱えないんじゃない?」

「いや、それが……家で練習してて」

「……家?」

「そう、家の地下に練習場があって」

「……えっ?」


 宗太から出た言葉に雫は口を開けたまま宗太を見つめることしかできない。宗太の言葉の意味を咀嚼するのに少し時間を要した。


「俺の家ちょっと変わっててさ。詳しいことは教えてくれないんだけど、なぜか銃技の練習は毎日やらされて。正直ちょっと辛いところもあるんだけど」

「……嘘じゃないよね?」

「本当だよもちろん。雫には嘘つかないから」


 宗太が雫に対して嘘をついたことはまずないので、言っていることが間違いではないだろうが、それでも信じることが難しかった。そもそも、中学生に銃技練習を毎日させる親たちのことも理解できない。


「残念ながら俺も分からないことが多すぎてこれ以上のことは詳しく話せないんだ。ごめんな、雫」

「……大丈夫。教えてくれてありがとう。みんなには秘密にするよ」

「信頼してるね」


 そう言って宗太は、持っている銃に再び実弾を装填して的に向かって撃ち始めた。中学1年の時から毎日練習していれば、当然上手くなるわけである。


 雫の中で腑に落ちた部分もあるが、それ以上に新たに浮かび上がった疑問のほうが多い。情報の整理が出来ていない雫は少し混乱していた。


 それに、茜にどう伝えればいいのか分からない。茜に本当のことを言えない以上、嘘を付くか誤魔化すしかない。いっそのこと聞くのを忘れたままにしておくか。


 あれこれ考えていると、後ろで彰浩の声がした。


「おい、ちょっと職員室にものを取りに行ってくるからルール守ってしっかりやっててな」

「はい、先生!」


 彰浩は一旦校舎に戻っていった。宗太は既にいつも通りのテンションに戻っているようだ。ひとまずさっき聞いたことは忘れて、今は練習に集中することにする。


 宗太から銃を受け取った雫は何セットか射撃を行った。精度はかなり高めだ。


「いいね、雫! よし、あとお互い1セットずつ撃ったら終わりにしようか」

「そうだね」


 そのまま雫がもう5発撃って、銃を宗太に渡す。


「もう雫は相当うまいね! 俺と大差ないと思うな」

「そんなことないよ、経験は圧倒的に宗太のほうが上だから」

「それはどうかな」


 宗太が的に銃を構え、1発、2発と撃つ。放たれた弾は確実に的の中心を貫いている。やはり宗太の精度はいつ見ても素晴らしい。


 そして、3発、4発と撃ち、そのまま銃を降ろした。


「いやー疲れた、今日はこれで終わりだ!」


 あれ? と雫は思った。今宗太は5発撃ってないような気がする。でも、気のせい……。


「それにしても、この学校の銃って家で使用してるものより古いから少し扱いづらいんだよな。これ、引き金ももろいし……」


 防弾着衣を脱いだ宗太はそのまま引き金に指をかけた。


「待って……!」


 雫がその指を外そうと手を伸ばす。しかし、宗太が銃本体を少し動かしたため、雫の手が少しだけ本体に当たる。そして、銃口が宗太の体を向いた。








 次の瞬間。


 パァァァァァン。









 ——1発の銃声が銃技場にこだました。


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