008 その日は近づく
「——今の何……?」
茜が怯えた顔のまま雫のほうを見る。雫も全く状況がつかめないまま茜の視線を受け止めることしかできなかった。
「……良くないことなのは確かなはず」
「そうだよね……。私たち、見てはいけないものを見てしまった……」
「……うん、ほんとにそう」
自動販売機の裏から出た二人は周囲を確認し、あの二人の姿が既に見えないことを確かめる。恐怖に染まった茜が心配になった雫は念のため、茜の家まで付いていくことにした。
家までの道中、二人は一言も話すことはなかった。無言で俯く茜を見て雫も少しの恐怖を覚えていた。歩くこと10分、茜の家の前にたどり着いた。
「……じゃあ、また明日。送ってくれてありがとう雫」
「大丈夫だからね茜。……今日見たことは忘れたほうがいいよ」
「……忘れられる気がしない」
そう言い残して茜は家の中へ入っていった。雫は来た道を戻りながら、先のことを思い出す。銃社会とはいっても普段街中で銃を構えている人を目撃することはほとんどない。改めて銃の怖さを実感するしかなかった。
「……妹が潰しに来る……か」
会話の内容は全く分からないものの、少なくとも良からぬ何かが行われているだろうという予測くらいはできる。社会に裏がないわけがない。
とはいっても今の雫にできることは何もない。できることは今日のことを見なかったことにするくらいだろう。
なんとなく心にモヤモヤとした感情を抱えたまま、雫は家に戻った——。
※※
翌日。朝から宗太と合流した雫は昨日目撃したことを話していた。
「——そんなことがあったのか。雫は大丈夫なのか?」
「私たちは見てただけだよ。特に被害はなかったから大丈夫」
「それは良かった! でも、怖い経験したよな。雫は何が起こっても割と冷静だけど」
「それはまあそうかもね」
「それより村田さんが心配だよな。村田さん結構精神的にダメージ追ってるかもしれないし」
「そうなんだよねー、今日も学校来るといいけど」
昨日の時点で既に冷静な対応をしていた雫はあまりダメージを受けなかったが、茜にとってはかなりショックな出来事だったに違いない。
精神的に深い傷を負っている可能性も十分にあるため、学校に来ることができるのか雫も心配していた。
「そりゃ、目の前で偽弾とは言えど人が撃たれたわけだからな。誰もが銃を持ってるって頭では理解していても、実際撃たれてる現場見たら俺だってショック受けるだろうし」
「まだ人が死んでないだけ全然マシだったよ。それでも歩いていて目の前でそんなことが起こったら誰もいい気分にならない」
「だよね。でも、雫はそういうところ強いよな」
今日は話している内容も相まって、さすがに手を繋いではいない二人であったが、それでも相変わらず仲良く登校していた。
「そういえば宗太、来週の土曜日の自主練後は空いてる?」
「来週の土曜日……ああ、もちろん空けてるよ」
来週の土曜日は宗太の誕生日である。昨日の帰り道の出来事のインパクトがあまりにも大きかったものの、宗太のプレゼントを買うことが本来の目的だったことを忘れてはいけない。
「よかった。楽しみにしててね宗太」
「もちろん楽しみにしてるよ、雫!」
こうしてあっという間にいつも通りの雰囲気に戻った二人はお互いに指を絡ませ、仲良く校門を通る。
校舎内に入り宗太と別れた雫は3組の教室のドアを開け、自分の席のほうを見る。いつもなら自分の席に茜がいるのだが、今日はその姿はなかった。
茜の席を確認すると荷物が見当たらない。まだ来ていないのだろう。とはいっても、茜は普段雫より登校するのが早いため、今時点で来ていないということはおそらく欠席する可能性が高い。
茜に連絡を取りたいが、校舎内でのスマホの使用は校則で禁止されている。仕方なく雫は自分の席に着き、勉強道具を取り出した。
「……ねぇねぇ雫ちゃん、今日茜ちゃんお休みかな……?」
雫の後ろの席のクラスメイトが肩をポンポン叩きながら声をかけてくる。普段茜とよく喋っている一人である。
「……たぶんね。この時間に来てないから」
「茜ちゃん大丈夫かな……? 体調崩したのかな?」
「……そんな感じだと思うけどね……。とりあえず、放課後茜に連絡取ろうか」
「そうだね、雫ちゃん」
雫にとっては心当たりがもちろんあるわけだが、昨日の出来事をクラスメイトに話すことはさすがにできなかった。
もしかしたら寝坊したかもと淡い期待をしたものの、結局茜が来ることはなく朝のSHRが始まった。茜のことが心配ではあるが今できることは特にないので、ひとまず授業に集中するしかない。
——昨日に引き続きモヤモヤした感情を抱えたまま迎えた放課後。宗太と帰宅しながら茜にメッセージを送る。
『雫:茜大丈夫? 体調とか崩した? ……それとも昨日の?』
すぐに既読はついた。ひとまずスマホを見るくらいの元気はあることが分かった。しかし、なかなか返信が帰ってこない。
「……やっぱり村田さん、結構ショック受けてるかもしれないな」
「うん、今は連絡を待つことにする」
「あまり干渉しないほうがいいかも」
雫同様、宗太も茜のことを心配している。事が事なだけあって、茜と無理に連絡を取ろうとするのは良くないと理解していた。
結局、茜から連絡が来たのは夜の10時頃だった。
『茜:心配してくれてありがとう雫。ちょっと学校行く気になれなくて。体調が悪いわけではないから大丈夫』
連絡を見た雫は少し安心した。
『雫:無理はしなくていいからねー』
『茜:今は落ち着いたから来週は学校行けると思う』
『雫:よかったー』
茜も少しは気持ちの整理が出来たようだ。来週は茜に寄り添う必要があると思っていたが、そこまでは心配しなくてもよさそうだ。
『茜:そういえば、来週の土曜なんだけど』
『雫:うん』
急な話題転換に驚きつつ返信する雫。
『茜:いつも私も自主練行ってたけど来週は行かないから。やっぱ二人で過ごしたほうがいいよね。私は金曜日に宗太君にプレゼント渡しちゃうから』
さすがの茜と言ったところか、そのあたりはしっかりと気を遣ってくれている。正直ありがたいと思う雫だった。
『雫:わかった。ありがとね』
『茜:だからしっかりキスして』
『雫:もう連絡とらないよ』
『茜:ごめんごめん』
少し復活しすぎではと思う雫ではあったが、それでも心配ごとが一つ減ったのは良かった。
※※
こうして迎えた12月12日。——すべてはここから始まった。
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