007 社会の闇

 茜の疑問に雫は正確に答えることが出来ない。


「……宗太は器用なだけだと思う……きっとね」

「……それは確かにそうかもしれないけど。でも、アドバイスもらって思ったんだよ。あまりにも的確すぎるって。ずっと練習してきた人が言うようなことなんだよね」


 生徒たちは10月末の実習が初めて実弾を使用する機会となった。ほとんどの生徒がうまく扱えない中、宗太は最初からかなりの射撃精度を誇っていた。


 実弾の衝撃は偽弾に比べてかなり大きい。そのため、実弾を偽弾の感覚で撃つと的に当てるのはかなり難しいことは雫にも分かっていた。


「……実は経験あるのかな?」

「でも、普通の人なら実弾を触る機会なんてないと思う。民間の銃技練習場でも中学生以下は実弾使わせてくれない」

「そうだよねー……」


 宗太とは1年以上付き合っているが、宗太の私生活については普段話題にならないこともあり、あまり詳しいとは言えない。想像以上に宗太に関して詳しくないことを改めて実感してしまう。


「今度、聞いてみることにするよ」

「わかったら教えて。ほんとにただ器用なだけってこともあるかもしれないけど」


 改めて考えるととても不思議なことであるが、真相は本人に聞くのが一番である。


 再び無言のまま5分ほど歩いた後裏通りに入り、小さな交差点で茜と別れることになった。


「茜、今日はありがとー。おかけでいい誕生日にできそうだよ」

「いいよ。あ、宗太君にはプレゼントを私と探しに行ったことは秘密ね」

「もちろん、大丈夫だよ」

「じゃまた明日学校で会お……」


「やめてください!」


 突然遠くから女性の叫び声が聞こえた。その方向を振り返ると一人必死に逃げている女性が見えた。


 今この裏通りにいるのは雫たちだけである。その叫び声を聞いたのはおそらく雫たちだけだろう。


「……雫、あれ」


 茜が恐怖に染まった顔で遠くを指さした。その方向に目を凝らして見てみると、そこには一人の男が小型銃を向けながらゆっくりとその女性を追いかけていた。


「——うそでしょ」


 必死に逃げる女性はしかし、道路上の小さな段差につまずき、その場に転んでしまった。女性はすぐさまバックから銃を取り出し、男に向けた。


「茜、隠れて」

「え、っえ……」


 雫は無理やり茜の手を引き、近くにあった自動販売機の影に隠れた。不安で怯えている茜の手をギュッとして、雫は様子を見る。もちろん雫の手も少し震えている。


「ほう、なんて物騒な女なのかね」

「今すぐ私を逃がしなさい!」


 女性が握った銃はしかし、カタカタと遠くからでもわかるほど震えていた。


「ほう、まあどうせ撃つことなんてできないんだろうけどな。発砲できない銃なんてただのお飾りでしかないんだが」

「……撃つわよ!」

「そんな震えた手でか。はは、笑わせるな。そもそもお前が情報を流したのが悪い」

「そんなのあなたには関係ないでしょ!」


 震える手を抑えて、その女性は必死の喧騒で男に向き合っていた。


「なぁ麗香れいか、どうしてお前は妹に情報を流したんだ?」

「……そんなの教えるわけないでしょ! そもそも私のことを探り始めたのはあなたのほうでしょ」


 男はわざと大きめのため息をつき、そのまま女を睨みつけた。


「いいか、お前がやったことは俺たちにとってものすごい大きな損害になるんだよ。これでもし計画が没になったらどうする? お前にその責任すべてが回ってくるんだ。まあここで死ぬことになるんだから、いずれにせよお前には関係ないか」

「……覚えていなさい。いつか妹があなたたちを潰しにやってくる……! あなたたちが犯してきた罪を償うときが近いうちに訪れる……!」

「ふーん、なんと饒舌じょうぜつなことかね。まあいいや、これ以上お前の話を聞いても埒が明かないようだから、これで終わりにしてあげる。さよなら、麗香れいか


 男はそう言い放つと、そのまま引き金を引いた。雫と茜はとっさに目をつぶった。パァンッという大きい音が鳴り響く。次の瞬間にはドサッという音が聞こえた。


 雫はゆっくり目を開けると、しかしそこには倒れている男の姿があった。麗香と呼ばれた女性も驚きで目を大きく開いている。


「余計なことするなと申し上げたはずなんですがな」


 倒れた男性の奥を見ると、少しだけ老けた男が銃を向けていた。銃口からは少し煙が見えている。男は銃を降ろすと静かに麗香に向き直った。


「安心してください瀬戸殿、これは特注の偽弾です。そいつは死んでおりません」


 確かに倒れた男から血は流れていない。麗香は一度男に目を向け、再び老けた男に視線をやる。


「……」

「さて、厄介な者を排除したところで瀬戸殿、あなたには大切なお話があるので私についてきていただけますか?」

「……端地辰也はしじたつや様、私はどうなるのですか?」

「さて、それはこれから決めることです。おとなしくついてきていただきますよ」


 麗香はその場から逃げようとしたのだろうか、足を一歩後ろに踏み出した。しかしそれと同時に、辰也が実弾が装填されているであろう小型銃を取り出し麗香に向けた。それを見た麗香は観念したように小さくため息をつき、そのまま小さくうなずいた。それを確認した辰也はそのまま来た道を戻り始めた。その後ろを麗香は悲しみに包まれた顔でついていった。


 ——長い髪が顔を隠し、雫には麗香の表情が確認できなかった。




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