006 プレゼント
季節が過ぎるのは早いもので、気づけば12月3日。外は一段と肌寒くなり、コートを羽織ったり手袋を付けていたりする人が多くなった。
あれから毎週末欠かさず練習してきた雫の実力は確実なものになり、先週行われた期末テストでは、ほぼ満点近くの評価を得ていた。どれもこれも宗太のおかげだと雫は思っている。
いつもより少し暖かい朝、透き通った青空の下でいつもの交差点に二人の姿があった。
「おはよ、宗太! 今日は少し暖かいね」
「おう、おはよう! 今日も元気そうでなにより」
「学校行こうか、早く行かないと遅刻しちゃうよー」
相変わらず手を繋いで(バ)カップルをやってる二人であったが、そんな雫にはおよそ1週間後に控える大事な大事な予定のことで頭がいっぱいだった。
——そう、宗太の15歳の誕生日である。
12月12日、それが宗太の誕生日であり今年は土曜日にあたる。当然彼氏へのプレゼントであるから、時間をかけて考える必要がある。昨年は無難に少し高級なボールペンをプレゼントしたが、今年は2年目ってこともありさすがに無難なもので済ませるのは申し訳なく思っていた。
宗太との会話を難なく(?)こなしながら、あれやこれやと頭を悩ませている内にあっという間に学校へたどり着いた。
「じゃ、今日も頑張ろうな! 雫!」
「うん、頑張る」
宗太と別れ、3組の教室へと入った雫は自分の席に着こうとするも、既にその席には先着がいた。
「おはよ雫。今日もラブラブ登校してきたの?」
「だからいじるなって言ってるでしょ……」
「今日もかわいいよ雫。そんな怖い顔してるとせっかくの顔が台無しだよ」
「わかった。もうしゃべらないから」
「ごめんごめん。ちゃんと反省してる」
先着の茜を無理矢理追い出して自分の席に着いた雫はそのまま参考書を取り出して勉強しようとする。
「雫、私がいるのに無視するなんてひどい」
「茜ずっといじってくるからじゃん」
「だから反省してるって言ってる」
「次はないからねー」
朝登校するとこうして茜とわちゃわちゃするのが日課である。いつも会話は全く中身がないのであるが……。
「そういえば、宗太君って来週誕生日だったよね」
突然誕生日の話題が出て吹き出しそうになる。一旦深呼吸をして冷静になる。茜がはてなを浮かべた顔で見ているがスルー。
「……うん、そうだけど」
「だよね。あのさ、宗太君に銃技実習でいろいろお世話になったから何かお礼をしたくて。この前のテストも宗太君のアドバイスのおかげでそこそこいい結果出せたからさ」
毎週末欠かさず練習していたのは雫だけではない。茜も宗太の教えを請おうと雫たちがやってくるのをわざわざ待って一緒に練習していたのだ。
「なるほどねー。それなら宗太も喜んでくれるかもよ」
「雫は誕生日何をあげる予定なの?」
やっぱり聞かれるよねーと内心思いながら雫は正直に答えることにした。
「……実はまだ決めてないんだよねー」
「そうなんだ。雫にしては珍しく迷ってるんだね」
「迷ってるっていうより困ってるって感じ?」
普段の雫は優柔不断ではないので特に長時間何かを迷うことはないのだが、今回は内容が内容だけに答えが見つからず、珍しく困っている状態だった。
「なるほどなるほど。じゃあ雫、私が特別にお手伝いしてあげてもいいけど」
「いらない」
「即お断りなの?」
「……うそ、やっぱほしいです茜様」
「最初から素直に言えばいいのに」
「やっぱいらない」
「ごめんって」
彼氏のプレゼントであるからやはり一人で決めたいところではあるものの、このままでは何も進展がなさそうなので、ここは素直に茜の優しさに甘えようと思う雫。
「じゃ、決まりだね。私もそこで一緒に選べばプレゼントが被ることもないし。今日の放課後どう?」
「空いているよー」
「では授業が終わったら教室で待ってて。私委員会の仕事が少しあるから」
「おっけー」
ちょうど予定が決まったところで予鈴がなる。生徒たちが自分の席に戻る中、頭の中が彼氏の誕生日のことでいっぱいの雫であった。
※※
——放課後。
「おまたせ。行こか雫」
「……おそいよ、茜……。結構待ったんだよ……」
「ごめん、思ったより長引いちゃって」
委員会の仕事から戻ってきた茜が、勉強道具を出しながらも少しうとうとしていた雫を現実に呼び戻した。なお、宗太には茜と買い物に行くことをあらかじめ伝えているので先に帰ってもらっている。
そのまま学校を出た二人は徒歩で近くにある雑貨屋に向かった。この店は茜御用達のお店らしい。
「いらっしゃいませー」
「ここの店だいたいのものは揃ってる」
店内に入るとそこにはタオルやアクセサリー、動物のキーホルダーといった様々なものが並んでいるのが分かる。
「男用のプレゼントならやっぱここ?」
そう言って案内されたのは店内の奥にあるメンズ用のコーナー。メンズベルトやメンズハンカチなどがずらっと並んでいる。
「いろいろあるからゆっくりと考えるといいよ。あ、私は雫と被らないようにするから先選んで」
並んでいるものを一通り眺めながら、宗太が喜んでくれそうなものを考える。ただ、どれを見てもいまいちピンとこなかった。
実をいうと、雫はほとんど宗太の私服を見たことがない。自主練後にデートするのが主なため、必然的に制服を着ていることが多いのである。それゆえ、宗太のファッションの趣向だったり、好みのデザインだったりを具体的に雫はあまり把握できていなかった。それこそ10月にマフラーを買いに行ったときに少し知ったくらいである。
「どうしよう、迷っちゃうなー」
「そうか。じゃ、私はここで選んでるから雫は店内一通り見てきていいよ」
「うん、そうしようかなー」
——そうして店内を歩き回ること10分。雫は未だ決めることが出来ずにいた。
「雫、私はもう決めたから。あとは雫がどうするかだよ」
茜はそう言って手に青と黒のストライプのハンカチを持っていた。宗太がこの前ストライプ柄のマフラーを選んでいたため、それを知らずにストライプ柄を選ぶ茜はさすがというべきか。
仕方ないので諦めて別の店で探すかな……と茜に提案しようとしたところで、ふと目に留まるものがあった。
——ペアリングである。
近づいていろいろ見てみると、それほど高くない様々なデザインのペアリングが並んでいた。
「ペアリング……、中学生でペアリングなんてなかなか攻めてる気がするけど」
横から覗き込む雫が耳元でささやく。
「そうかなー……でもどうなんだろう」
並んでいる商品の中からシンプルなシルバーのペアリングを手に取る。
「あーこれよさそう! あまり派手じゃないし」
「いいじゃん、雫が選んだものなら宗太君は喜ぶよ」
正直、宗太の指のサイズまでは雫には分からない。ただ、茜の言う通りここで大事なのはあくまで気持ちである。今回は指に合わなくても、いずれもっと高価なペアリングを買えばよい。
「私、これにする!」
「決まり。じゃ、会計しよか」
こうして会計をサクッと済ませて誕生日プレゼント選びは無事に終了した。
「……今日はありがとう、茜」
店から出た二人は元来た道を戻り始めた。
「大丈夫。私も買いに来る予定だったし。ちなみにそれいつ渡すの?」
「12日の自主練が終わったあとかなー。近くにある公園で渡そうと思うの」
「いいね。そのままキスとかしちゃう?」
「それはたぶんない」
「冗談だよ。じゃ、今日は帰ろうか。勉強しなきゃ」
まだ17時前であるが空は既に暗くなりつつある。体に吹き付ける風がより一層冷たく感じる。
「……そういえば、私一つ気になることがあって」
しばらく無言で歩いていると、ふと茜が口を開いた。
「なにが?」
「宗太君のことなんだけど」
「うん、どうした?」
茜は少し悲しげな瞳でこちらを見てきた。
「単刀直入に言うと、宗太君って実弾に慣れずぎじゃない?」
茜の言葉に雫も下を向いた。——この疑問は宗太のそばにいた雫もよく感じていたことだった。
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