005 進路と今後

 百貨店に入って、さっそくファッション店へ。一応都内の百貨店なだけあって、目に見える範囲の商品は見るからに高そうな雰囲気を醸し出している。これから冬を迎えることもあり、マフラー売り場が特設されていた。


「雫はやっぱりイエローがいいのか?」


 宗太が手に取ったのは少し明るめの黄色で無地のものだ。いわゆるレモン色ってやつだろうか。生地はコットンらしい。


「せっかくならチェック柄がいい」

「雫が無地じゃないものを好むなんて珍しいな」

「いつもと違うのが欲しいの!」

「ならゆっくり探すかー。 あ、俺は青と黒のストライプで。素材はカシミヤだな」


 中学生でありながらカシミヤを選ぶあたりさすがお金持ちと思いながらも、目当てのものがないか一通り探す。


 いくつか候補を選んで吟味すること20分。お互いに好みのものを選ぶことが出来たので会計へ。正直値札を見たときは本気で止めようとしたが、うきうきな宗太を見ていると止めることもできず、結局値札は見なかったことにして会計を全て宗太に任せた。


「よし買えたぞ! 雫、ちょいとカフェでも寄ってかね?」

「おっ、いいねー」


 こうして二人は仲良く手を繋ぎながら百貨店内のカフェへ。ちょうどお昼時とあってか店内はかなり混雑していた。


 なんとか待ち時間なく席に座れた二人はメニューを開く。


「私はホットミルクティーでいいかな。ブラックはあんまり飲めないし」

「おっけー。俺はブラックに限るな」


 雫が宗太と付き合い始めてから既に一年近く経過しているが、今まで一度も宗太がブラックコーヒー以外を飲んでいるところを見たことがない。宗太は雫よりも何倍も大人である。


「あとこのショートケーキ食べようぜ。お腹空いてるしさ」

「じゃ私もそれで」

「よしっ! あ、すみません、注文いいですかー」


 前々から思っていたが、宗太は意外と女子力が高い。しっかりケーキを頼むあたり女子と一緒にカフェに来ている感じがする。てきぱきと注文を済ませ、品が来るのを待つ。ちなみに宗太と飲食店に来るのは実に夏休み以来である。お互い受験勉強もあって、なかなか時間が取れないのが現状である。最近の週末は自主練をした後、そのまま解散することが多かった。


「……そういや雫って、相城そうじょう高校を受験するんだよな」

「うん、そうだよ」


 相乗高校は都内でも5本の指に入る超名門高校であり、偏差値はかなり高い。成績がそこそこいい雫でも合格の可能性はかなり低いといえる。あと数か月でどこまで学力を伸ばせるかがカギを握っていた。


「すごいな、雫は。俺は親に日羽ひわ高校を受けることって決められてるからな。あんまり偏差値高くないからあんま勉強しないでもたぶん受かるんだよね……。親がどうして日羽高校にこだわるのか分からないけどさ」


 日羽高校は今通っている師道中学校から最も近い高校であり、毎年師道中学校からは多くの生徒が受験する。宗太の親はあまり遠くの高校へ通わせたくないのだろうか。


「油断しないでよ、宗太。宗太も塾行ってないんだからさ。あっ、でも家庭教師ついてるんだっけ?」

「そうなんだよ。いらないって言ってるのに無理やりつけられてさ。なんやかんや毎日3時間みっちり」

「それは大変だー」


雫でも家庭教師と毎日3時間するのは少しいやである。とはいっても宗太もそこそこの成績を維持しているわけだから効果はあるのだろう。


「おまたせしましたー。ホットミルクティーとアイスのブラックコーヒー、そしてショートケーキ2つです」

「はい、ありがとうございます。……よしっ、食べようか雫」


 宗太はスマホを取り出して、ショートケーキの写真を撮り始めた。やっぱり宗太は女子力が高いらしい。少しずるいと感じる。

 そのまま宗太はブラックコーヒーを一気に半分ほど飲み干した。そのあたりは男なのかなと思いながらも、雫はホットなのでゆっくりと冷めるのを待った。


「もしさ、お互い合格したら俺たちどうする?」

「たぶん会うことはできるけどね……」

「そうだな。引っ越すこともないだろうから週末はいつも通り会えるな」


 相城高校はここから遠いものの、ここは東京である。公共交通はいくらでも発達しているため、電車で余裕で通える。


「あとは……宗太が新しい女を引きずり込まないか」

「言い方よ。……いやもちろん浮気するつもりはありませんけど!」


 はっきり言って高身長でイケメン、かつ性格が良い宗太は普通にモテる。雫と付き合う前も片手で数えきれないほどの女子から告白されている。他の高校に通うことになる可能性が高い以上、雫にとっては決して油断できないのである。


「そういう雫も浮気したら俺本気で泣くぞ」

「しないよ」

「雫もしっかりモテるんだからさ。俺は信じるけどな」

「だからしないって」

「期待はしてるぞ」


 ——隣に座っている男二人組がバカップルを見る目でこちらを見ているが気にしない。


 その後しばらく無言の時間が続く。既にブラックコーヒーを飲み干し、ショートケーキを大口でパクリと食べる宗太。一方でゆっくりとホットミルクティーをすする雫。10分ほどでともに完食した。


「よしっ! お腹も膨れたところだし、今日はこの辺で帰りますか」

「そうだね、久しぶりに外で食べられて良かったなー。いい気晴らしになったよ」


 当然のように会計は宗太が済ませ、カフェを出た二人はそのまま百貨店を後にする。再び電車に揺られること10分、家近くの駅へと戻った二人はいつもの交差点へと向かった。


「とりあえず来週も自主練しよっか? もうちょっと精度上げれれば大丈夫だろうしね」

「そうしよう! いつもありがとう宗太」

「いえいえ、これからもしっかり付き合ってやるからさ」


 宗太が雫にニコッと微笑み、それを見た雫の顔がにわかに赤くなる。——結局はお似合いのカップルなのだろう……。


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