004 隣にいるから

 土曜日の午前9時。朝から制服に着替え、そのまま家を出た雫はいつもの待ち合わせ場所に着いた。宗太と出かける時はいつも同じ合流場所で、謎の銅像が目印となっている交差点である。単語帳を眺めながら雫はゆっくりと待つ。


「今日は冷えるな……」


 まだ十月といえどこの日は一段と寒さが増し、一気に冬が近づいてきていることを実感させられる。マフラーを買うにはちょうどいい時期だと思う。


「よっ、雫! 待たせてたらごめんな」

「大丈夫。さっき来たとこだよ!」

「よっしゃ。雫のためにたくさん練習するぞ!」

「宗太が練習してどうすんのよ」


 こうして学校へ歩き始めた二人はいつも通り手を繋ぐ。一応補足しておくと、ここは比較的車通りの多い大通りであり、当然多くの人が利用している。その中を中学校の制服を着て手を繋いでいるんだからやっぱり愛の力はすごい。


 とまあそうこうしているうちに学校に着いた二人は早速銃技場に向かい、お互い体操服に着替える。この自主練では、まず先生に練習開始の報告をした後、一通りの着衣などを借りる。その後は先生の監視下で、自由に練習を行ってよい。ただし、今回の練習から実弾を使用できるため、いつもより多くの先生が監視についている。


 銃技場の射撃レーンに来た雫は、先に着替え終わっていた宗太と合流し、練習を始めようとしたところで後ろから肩をポンポンと叩かれる。


「おはよ雫。いつも通りラブラブだね」

「一言余計だけどおはよ茜。今日は先生とのマンツーマン指導?」

「そう。五発撃てたらおしまいらしい」

「今日はなんか自信ありそうな感じしてるじゃん。この前の時のように不安いっぱいだと思ってたのに」

「ママとパパにいろいろアドバイスもらって。それ聞いてたらなんか自信ついてきたからいけるかなって。あ、先生の補習終わったらそっちに混ぜて。しっかりお邪魔してあげる」


 邪魔するのは危険だからやめなさいと内心思いながらも、いつも通りの茜が目の前にいることに安心した雫は、宗太と練習を開始することにした。一通り準備をした雫は、銃口を的に向ける。的までの距離は前回と同様およそ7メートルである。


「っよし! ではまずは呼吸を整えて。そのまま銃本体をゆっくり肩の高さまで動かして!」


 隣でアドバイスしてくれる宗太の声を聞きながら、言われたとおりに銃を動かす。


「……いいね! そしたら、的の中心に銃口が向くようにゆっくり銃を動かして! ……いいね。もう銃は動かさないで。あとは実弾の衝撃に耐えて思いっきり撃つ!」


 言われた通りに引き金を引くと、発射された銃弾は的の中心より斜め右上を貫いた。


「お、惜しいね。まだ引き金を引くときに銃が固定されてないね。次は少し銃を斜め左に動かして。……そこ。そしたら撃つ!」


 次の弾は的の真ん中少し左にずれた。相変わらず実弾の衝撃には慣れないがそれでも、宗太のアドバイスのおかげで確実に的の中心に近づいている感じはする。


「これできてるかな?」

「あぁ、もちろん! 今度こそ真ん中に当てるぞ。自分で少し調整して。……そう、いいね。よし、もう一発!」


 そのまま発射された銃弾は今度こそ的の中心を射ていた。


「やったー! 私案外行けるかも」

「いいじゃんいいじゃん! よし、残りの2発も撃っちゃおう」


 こうして残りもしっかり的の中心に当てた雫はもう20発ほど撃ったところで練習を終えた。


「いいね雫! これならこの後の銃技実習も問題なくこなせそうだ」

「うん、ありがとう宗太」

「いいっていいって。そうだ、ちょっと俺もやろうかな」


 そう言ってそそくさと準備を始めた宗太は慣れた手つきで実弾を装填し、的に向けて射撃。5発ともしっかり真ん中に当ててきた。


「……やっぱすごい!」

「まあな。これくらい朝飯前だ!」


 宗太の手先をよく見てみると、ほとんど迷いがなく瞬時に狙いを定めている。偽弾の時との差を感じさせないくらいほぼ完璧なフォームである。


「宗太はどうやって実弾の衝撃を抑えてるの?」

「特に考えてないなぁ。ある意味慣れって感じ?」


 それでは解決になっていないが、今は問いただすのを止めておくとしよう。


 そうこうしているうちに先生から解放されたであろう茜がこちらの様子を見に来ていた。


「やっぱり宗太君は上手い。私はようやく一発的に当てられて終わったのに」

「そんなことないぞ、村田さん。俺だって百発百中ってわけではないんだ」

「でも、雫にいいところ見せられてカッコいいと思う、宗太君は」

「それはありがとう!」


 一切否定しないところに突っ込みたくなるが、これもいつもの宗太である。実際いいところ見せられてるのは否定できないのがなぜかちょっと悔しい。


「宗太君、ちょっと私にも教えてくれる?」

「お、いいぞ村田さん」

「じゃあ少し宗太君借りる、雫」


 なんやかんやで茜のアドバイスにしばらく時間を費やし、気づけば午前11時を回っていた。


「——今日はありがとう宗太君、そして雫も。私、次は頑張る」

「いい心がけだ、村田さん!」

「茜はもっとうまくなれるよ! 頑張ってね」


 別れ際に雫だけに見えるように茜が手で♡を作っていたのはここだけの話。



 ※※



 茜と別れて宗太とともに学校を出た雫は、制服のまま近くの駅から電車に乗った。土曜日の昼でありながらも、割と混雑している電車に揺られながら百貨店に向かう。


「マフラーなら高いものじゃなくていいのに」

「ダメダメ。雫にはいいものつけてもらわないと俺が納得しないんだ」


 宗太の父親は外務省の官僚であり、宗太はいわゆるお坊ちゃんである。中学生ながらお金だけはたんまり持っているのが、雫にとっては普通に羨ましい。


「……まあ、宗太のプレゼントなら嬉しいけどさ」

「そうだろ! いいもの選んでやるぜ!」


 最初は自分の分は自分で支払うつもりだった雫もプレゼントすると頑なに譲らない宗太の提案によってすっかり言いくるめられてしまった。


 電車に揺られること10分ほど。百貨店の最寄り駅に着いた二人は電車を降り、駅直結の百貨店に仲良く入っていった。


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