003 たわいもない日常
「……やっぱ宗太は上手いよー。私、全然できなかった」
「何にも心配することないよ雫! また今週末練習しようぜ。俺が責任もっておしえてやるからさ」
「いやそんな本気にならなくてもいいけど」
初めての実弾実習が無事に終了し、放課後。二人はいつものように手を繋ぎながら下校していた。
「そういや雫、今週末練習終わったら買い物行かね?」
「いいけど、何か買いたいものでもあるの?」
「少し寒くなってきたし、新しいマフラーでも買おうかなって思ってさ」
今年は夏の残暑が長引いたため、秋をのんびりと感じることもなくあっという間に肌寒い季節がやってきてしまった。今年はいよいよ高校受験の年でもあり、健康に気を使うことを考えると早めの寒さ対策は必要だろう。
「特に予定もないから大丈夫だよっ」
「っしゃ、決まりだ。楽しみにしてるぞ」
「ついでに私に合うものも選んでね」
「もちろん!」
相変わらず元気な宗太を見て雫は銃技実習で落ち込んだ自分のことをいつの間にか忘れていた。
※※
車通りの多い大きな交差点で宗太と別れた雫はそのまま裏通りへと入り、自分の家へと向かう。少し都心から外れたこの場所は比較的小さな一軒家が立ち並ぶ閑静な住宅街となっている。
「ただいまー」
「おかえり、雫」
家に帰ってリビングに入ると全身真っ黒の室内コーデでコーヒー片手にテレビを見ている父親の
「そういえば今日は実弾実習だと言っていたな。どうだったんだ?」
「全然、ダメダメだったよ」
「最初はそんなもんだ。俺も初めはびびりまくりで銃すらまともに持てなかったからな。ま、今でも全然ダメなんだが」
徹は銃技は今でも苦手である。徹が勤める会社では月に一回で銃技訓練が行われるが、徹は何かと理由を付けてサボっているのが現状であった。
「……父さんもちゃんと練習してよねー。自分の身は自分で守らなくちゃ。私は守ってあげられないんだから」
「雫に言われるとさすがに言い返せないな」
徹はそう言って苦笑いをしている。誰もが銃を保持しているこの社会では、もしもの時に命を守れなければ何にも意味がない。それを分かっている徹であったが、なかなか苦手を克服する気になれなかった。
「それと雫。ちょっと先の話だけど、12月に出張に行くことになった」
「……今回も日帰り?」
「いや、今回は泊まり込みでな。四国のほうに行くことになった。日曜日の夜に東京を出て、夜行列車で月曜日向こうに着く予定だ。一応、火曜の夜には帰ってこられると思う」
「りょーかい。ご飯は自分で作るね」
徹が出張に行くことはよくある話だが、たいていの場合日帰りであるため、泊りで遠くへ行くのは珍しい話だった。
「すまない雫、その時はよろしくな。……あと
「あーありがとう」
雫が徹から受け取ったのは一通の手紙。唯奈は今はどこに住んでいるのか分からない雫の母親である。雫が小学五年生の時に徹と唯奈は離婚し、雫は徹が引き取る形となった。今は、月に一回雫に対して唯奈から手紙が送られてくる。
階段を上って右側、廊下を進んだ突き当りにある自分の部屋の扉を開けた。そのまま背負っていたリュックを隅に置きベットに制服のままダイブして、受け取った手紙を開封する。
1枚の小さな便箋を取り出して開く。送られてくる手紙はいつも、唯奈の綺麗な字で書かれた手書きである。
『雫へ
元気かな? 私はいつも通り元気だよ。今は十月ってことで私たちが離婚して四年がたったんだね。あれから一度も会えてないけど私はいつも雫のこと思ってるから。話が変わるけど一つお知らせがあるの。今まで働いていた会社を辞めて新しい場所で仕事をすることになりました。どんな仕事かは秘密♡ でもみんなのためになる仕事だよ。私は新しい環境で頑張るから雫も受験勉強頑張ってね。あ、でも無理はしちゃだめだよ。雫は雫らしく頑張ってね。ではでは、引き続き楽しい学校生活を送ってね。徹にもよろしく。またね。
金崎は唯奈の旧姓である。唯奈は徹と離婚した後、少なくとも手紙上では特に再婚の動きを見せることはない。
ベットから起き上がった雫はいつものように読み終えた手紙をファイリングする。小学五年の時からたまった手紙は既に五十通近くになろうとしていた。それだけ時間が経過したということでもあるが。
「……新しい仕事か」
公認会計士の資格を持つ唯奈は離婚してからずっとどこかの弁護士事務所で働いていたらしい。きっと給料もよかっただろうから、わざわざ新しい仕事をするということは、何かどうしてもやりたいことがあったのだろうか。離婚してから一度も会っていない雫からすると、まったく想像もつかなかった。
「……うーん、まあいっか」
そのまま机に向かい、先ほど置いたリュックから勉強道具を取り出す。そこそこ勉強のできる雫は塾には通わず、自ら受験勉強をしている。唯奈のことが少しは気になりつつも、まずは宿題を終わらせようと筆記用具を手に取った。
30分ほど経ったところで、手元にあるスマホがピロンッと鳴る。画面を手に取るとメッセージチャットに茜からのメッセージが届いてる。
『茜:今日は支えてくれてありがとう。家帰ったらすっかり落ち着いちゃった。もし雫も今週末練習するならいろいろ教えてください』
雫は少しにこっとしてからそのままスマホにメッセージを打ち込む。
『雫:大丈夫。週末は行く予定だよ。宗太がいるけどいいの?』
『茜:私は大丈夫。しっかり宗太君にも教えてもらうから』
『雫:私が優先だからね』
『茜:いちゃいちゃしてたら帰るから』
そんな特に中身のない会話を続け、気づけば18時を回っていた。10月ということもあり窓の外は既に暗くなりつつあった。
「雫、ご飯できたぞー」
扉の外から徹が声をかけてくる。
「今行くから待っててー」
雫はスマホの画面を閉じて深呼吸をした。部屋の電気を消してリビングに向かった。これが雫にとっての当たり前の日常だった。
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