002 銃技実習

 中学校には銃技じゅうぎ指導のために、必ず銃技場じゅうぎじょうが設置されている。中学校によって広さはまちまちだが、体育館とは比べ物にならないくらい広い。


 田舎の学校では敷地内に建設されていることがほとんどだが、都会では学校の敷地面積が少ない割に生徒の数が多いため、銃技場は基本地下に建設されている。


 なお、師道中学校は東京のはずれに位置しているものの、それなりに生徒数も多い。そのため、銃技実習に使われる銃技場は都内でもトップレベルの広さを誇っている。



 ※※



 ——雫たちは担当である彰浩に連れられ、射撃訓練に向かう。射撃訓練は数メートル先にある的に発砲して、射撃の精度を高めるための訓練である。


 訓練の流れはこうだ。まず、体を守るために専用の防弾着衣とゴーグルを身に着け、実習用の銃に実弾を装填する。そして、ガラス張りになっている壁に等間隔で空いている少し大きめの穴に手を通し、遠くに設置されている的めがけて発砲する。実弾は5発1セットとなっている。ガラスは防弾加工が施されており、もし、ガラスに被弾したとしても余程のことがない限り割れることはない。なお、的までの距離は調整することができ、今日はおよそ7メートルとなっている。


「……いいか、全員いるな。それでは射撃訓練を始める。先ほど説明した通り、今日は一人5発を的に向かって撃ってもらう。出席番号順に行うから、そのまま自分の順番が来るまでおとなしく待っているように」


 雫がちらっと隣を見ると、先ほどまで手を繋いでいた茜が少しでも心を落ち着かせようと深呼吸をしている。さすがに不安をゼロにすることはできないだろうが、彼女なりに頑張ろうとしているのだろう。


 自分の番までゆっくり待とうとして、雫はふと隣のレーンで待っている4組の生徒たちに目をやった。そのまま列後方で一人の男を探す。高身長のその男はすぐに見つかった。


 ——宗太は4組である。


 出席番号的に最後のほうであるためまだ余裕があるのか、宗太も近くの生徒と静かにおしゃべりをしている。特に不安がっている様子も見られない。


 宗太は見た目や性格とは裏腹に割と器用で、なんでもこなせるタイプなので実弾でも今までと同じように扱えるだろう。


「……私も器用ならいいのにな」


 誰にも聞こえないような小さな声で独り言をつぶやきながら小さくため息をついた。


 残念ながら雫は宗太ほど器用な人間ではない。銃技の成績は決して悪いほうではないが、それは毎週土曜日に行われている自主練の機会にひたすら練習し続けた結果である。


「——では次、峰原。準備しろ」

「はい」


 30分ほどぼーっとしていると気づけば自分の番がやってきた。立ち上がってレーンの前に立ち、一度深呼吸。いつも通りの準備をして、でもいつもと違う実弾を銃にセットして、そのまま的に向かって銃を構えた。


「よし、撃っていいぞ」


 彰浩の合図を聞いてから、一呼吸おいてから雫は勢いよく引き金を引いた。いつもとは全く違う強い衝撃が体に伝わってきた。


「……ひっ」


 つい声が出てしまった。偽弾とは比べ物にならないその衝撃に雫は少し驚いていた。残念ながら撃った実弾は的の中心から大きく外れた右上にあたっていた。


「もう少し手に力を入れて銃を固定しないと大きくずれてしまうぞ」

「はい、頑張ります」


 彰浩のアドバイス通り手に意識を集中させて再び的に狙いを定める。


 次の2発目は左下にずれた。相変わらず体に伝わってくる強い衝撃に雫は少し恐怖を感じていた。


 その後3発目、4発目……と毎回来る衝撃にびっくりしながらもなんとか5発を終えた。結局、5発とも的の真ん中に当てることはできなかった。


「終わりだ。お前はもうちょっと練習が必要そうだな。週末の自主練を使ってうまくなれ」

「……ありがとうございます」


 また練習しなおす必要がありそうだ——そう思いながら列の一番後ろに戻ると、今度は茜が準備をしていた。遠くから見える茜の顔はやはり引きつっていた。


「よし、撃っていいぞ」


 彰浩の声とともに的に銃口を向けるが茜はなかなか撃たない。よく目を凝らしてみると、銃がかすかに震えているのが分かった。


「おい、村田。大丈夫か」

「……すみません。大丈夫です」

「とにかく撃ってみろ。的から外れても問題はない」


 彰浩からそう言われたものの、茜はなかなか引き金を引かなかった。2分ほどその状態が続いたところ、ふと茜の目から一粒の光が落ちてきた。実弾の恐怖で撃つ前から早くも限界が来てしまったのだろう。彰浩が遠くでも聞こえるほどのため息をはいた。


「……分かった。お前は今日は終わりでいい。銃を渡せ」

「……」


 茜は無言のまま銃を彰浩に手渡す。彰浩は的に狙いを定めてそのまま5発撃った。さすが先生といったところか、5発ともしっかり的の中心に当たっている。


「村田。今週末の自主練には必ず来い。お前は補習だ」

「……すみません」


 そのまま茜は列の後ろに戻ってきた。茜の顔にはしっかりと涙の跡が残っている。雫は隣に座った茜の背中をもう一度さすってあげる。


「大丈夫? 結構心配してるよ」

「うん、大丈夫。ありがとう」

「無理はしなくていいからさ」


 そのまま茜は雫に寄りかかるように抱き着いてきた。雫は抵抗することなくそれを受け入れた。周りの生徒が心配そうな視線をこちらへ送ってくるが、一旦スルー。


 背中をさすり続けながら横を見ると、ちょうど宗太の順番が回ってきていた。今も変わらず余裕そうな顔をし続けている。さすがというべきなのか……。


 宗太は銃口を的に向けると、狙いを定める時間もなくそのまま発砲した。しかし、銃弾はしっかりと的の中心に当たっていた。結果、5発中4発が的の中心を捉えた。


「さすがだね、火雅也君。君はすごい」

「ありがとうございますっ、先生!」


 4組担当の先生にいつも通りの調子で返事をしている宗太を見て、雫は少しだけ世界の理不尽さを実感していた。


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