銃を司る者たちよ

浜野さく

プロローグ

001 そして受け継がれる

「——これ、どうぞ」


 その男は、目の前にある机の上に札束を差し出す。


「……そうか。まさかお前もに興味があったとはな、御風紡みかぜつむぐ


 机を挟んで反対側、眼鏡をかけた白髪の男がその札束に前にしてにやりと笑う。


「いえ、本当は首を突っ込むつもりは無かったんですけどね。ただ、どうしてもが必要になりまして……。ちょっとばかし厄介な奴に巻き込まれそうなんですよ」

「……のことか」


 一部分だけを金に染めた髪に、きらびやかなネックレスに大きめのピアスと、ひと際目立つであろうのその容姿に相反あいはんして、その男は表情を一切崩さぬまま冷静に応対していた。


「……いいだろう。ただし、命の保証はないからな。は簡単に扱えるものではない」

「大丈夫ですよ。ご存じの通り私、結構ほうですから」


 薄暗い部屋の中、二人の視線が交錯していた。


「——交渉成立だ。ついてこい」

「ありがとうございます、水之江みずのえ様」


 お互い表情を変えることなく、二人の男はそのまま部屋を出ていった——。



 ※※



「おはよっっっ!」

「お、おぅ……。お前朝からテンション高すぎだろ。なんかいいことでもあったんか」

「へっ、実はな昨日……」


「おはよー」

「おはようございます、先輩」

「あれ? なんか元気なさそうだけど」

「そのですね……。今日数学の確認テストがありまして……」


 ——いつまでも続くのではと錯覚するほどの残暑がようやくすぎ、少しづつ肌寒くなってきた10月下旬の朝。ここ、東京の中心から少し外れた位置にある師道中学校にいつも通り生徒たちが登校していた。


 参考書を広げながら黙々と歩いている人もいれば、友達や先輩と朝から仲良くおしゃべりしている人々もいる。


 ……そしてもちろん、こういう人たちもいる。


「おはよっ、しずく。今日も元気そうでなによりだ」

「おはよ。宗太そうたもいつも通りだね」

「だろっ。雫もいつも通り可愛いいぞ」

「はいはいっ、お世辞ありがと」


 ——そう、(バ)カップルである。周りの視線を気にする素振りもなく、二人は平然と手を繋ぎながら歩いている。傍から見れば明らかに仲良しカップルアピールをしてるようにしか見えないだろう。雫と呼ばれる女の子は茶髪のミディアムヘアーで、少し小柄である。


「……そういや、今日からついに実弾を使っての実習なんだってな」

「そうらしいねー。私、ちょっと怖いかも」

「大丈夫! 俺の彼女なら問題なしだ」


 そう言って火雅也宗太ひがやそうたは、とびきりの笑顔で、彼女に向ってグーサインをつくる。こちらはとにかく高身長イケメン。ちなみに日焼けはしてない。

 それを見た峰原雫みねはらしずくの顔は少し、いやだいぶ赤く染まっていた。


「……ありがと。私、がんばるよ!」

「おっ、その笑顔いいね! やっぱり雫の笑顔は最高だな」

「もうちょっと気持ちのこもった可愛いを聞きたいね!」

「おうっ、痛い! 雫は力が強いからもう少し手加減してくれると嬉しいんだな」


 雫に背中を思いっきり叩かれた宗太だったが、その顔はとても嬉しそうだった。お互い手を離さないまま、二人は仲良く校門をくぐった。


 見て見ぬふりをしている周りの生徒たちは二人に冷たい視線を送っていた。……どう見てもバカップルじゃん、と言いたげに。



 ※※



 ——銃社会日本。高校生以上は銃の携帯が許可されている。数十年前にある政治家が「自分の身は自分で守るものだ」と主張を始めたことをきっかけとして議論がはじまった。数年の時を経て日本人の銃所持が法律で認められた。


 もちろん銃を用いた殺人は原則違法である。しかし、相手から殴り掛かってきたり、銃を構えてきたりした場合は、その相手を銃殺することは正当防衛として扱われる。ほとんどの日本人が銃を所持している現在、これを利用した殺人が後を絶たないのが一つの側面としてあるのだが。


 今では義務教育でも銃教育が始まっていて、小学校高学年になると銃技座学が始まり、中学校ではそれに加えて銃技実習も始まる。国語や数学と並び、一つの主要教科として定着している。


 中学校の銃技実習では危険な側面が強いため、中学3年生の前期までは国の公認機関が開発した実習用の偽弾が使用される。この偽弾は仮に人にあたったとしても軽い衝撃だけでおさまるようになっている。


 そして、3年生の後期になると、銃を携帯する前段階としてついに実弾を用いての実習が始まる。



 ※※



 1時間目の数学と、2時間目の英語を終えた3時間目。この日は3時間目に実弾実習についての説明が行われ、4時間目に実習が始まることになっている。


「説明とかダルイねー」

「別に今までと対して変わらないのに」


 師道中学校の3年生全員が体育館に集められた。周りからはけだるそうな声がたくさん聞こえてくる。しばらくして授業開始のチャイムが鳴り響いた後、銃技担当の松本彰浩まつもとあきひろ先生が口を開いた。


「それでは説明を始めるぞ、……おいっ、もう授業がはじまってるぞ」


 そんな先生の注意を右から左へ聞き流すように生徒たちは未だざわざわし続けている。体育館全体に緊張感が全くと言っていいほどない状態だった。


 しびれを切らしたのか、彰浩は生徒全員に聞こえるようあえて息を大きく吸い、そのまま言い放った。


「……おいっ、死にてぇのか」


 先生の持つマイクがキーンとなり、ざわざわしていた集団が一斉に静まった。彰浩はもう一度大きくため息をついた。


「いいかお前ら。これは決して遊び半分で行うものではない。少しでも集中力を欠いたら、お前らの友達が簡単に死ぬ、そういう実習だ。隣で仲良くしゃべってるやつも数時間後にはいないかもしれない。そう思いながら話を聞け、いいな」


 先程まで一切なかった緊張が生徒の間に一気に伝わった。誰かの息をのむ音が聞こえる。


「……ねぇ、ほんとに大丈夫かな。私、不安になっちゃった」


 雫の隣に座っている村田茜むらたあかねが、耳元でささやいてきた。2時間目の終了後からずっと口を紡いだままだったが、今では不安な感情がはっきりと顔に表れていた。


「大丈夫だよ。ちゃんとルール守れば怖くないって! 私も不安だから、一緒にがんばろ」

「雫は優しいね。ありがとう」

「いつでもそばにいてあげるからね!」


 先生方にばれないように雫は茜の背中に手を伸ばしてさすってあげる。茜とは3年間同じクラスで出席番号が近いこともあり、中学1年の時からの仲である。ショートヘアーに抜群なスタイルを持つ彼女は普段おとなしめな性格であるが、今はとにかく緊張しているのがよくわかる。ちなみに、雫より身長が少し高いのが少し気に入らない点である。


「雫の優しさはきっと彼氏さんから来るもの?」

「コラッ、やめなさい」


 少し雫の顔が赤くなった。茜はそんな雫の顔を覗き込んで引きつった顔のまま笑った。


「いいことだよ。私も彼氏の一人や二人欲しい」

「彼氏は二人いらないでしょ」

「ふふ、雫は雫だね」

「意味がわからないよ茜……」


 少し背中をさすっただけでいつもと近い調子に戻るあたり特に心配なさそうだなと雫は思った。


「おいっ、まだくっちゃべってる奴らがいるな、本当に死にたいらしいな」

「やべー。静かにしないと」


 雫は姿勢をよくして彰浩のほうに体を戻した。茜も同様に従った。


 その後は淡々と特に面白くもない話が40分ほど続いた。パッと見た感じ半数ほどの生徒がうたた寝をしているようだ。ついついこちらが不安になってしまう。


「……以上で説明を終わる。何か質問のあるものはいるか。……いないようだな。よし、ではいよいよ実習を始める。説明した注意事項はしっかり守ること。自分と友達の命がかかっていることを忘れずに。では、クラスごとに分かれてあとは担当の先生の指示に従うように」


 クラスごと一人ついている担当の先生の指示のもと、生徒たちの移動が始まった。雫が移動しようと立ち上がると、隣にいる茜が手を握ってきた。


 雫はニコッと笑って、その手を取る。先程までいつもの調子に戻ったと思っていたが、どうやら説明を聞いて少し不安になったようだ。握ったその手から伝わる震えを感じながら、雫は茜とともに歩き始めた。


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