最高の休日の過ごし方

ゆーすでん

最高の休日の過ごし方

灰色の雲が空を覆いつくしている。

それでも一つ一つの雲が重なり合うことで濃淡を作り出しており、

どんより鬱々させるというよりはどこか不安を抱かせる。

どうしてだろう。こんなにも楽しい休日だったのに。

大きな窓を横切るビル群から住宅街へ変わる景色を眺めながら、

そんなことを思った。


土曜の夜明け前に目が覚めて、大きな都市へ向かうため始発に乗った。

特に予定はなかった。やりたいことをしにいこう。

湧き上がる衝動を、止めることは出来ないと思った。

何かに操られるように体が勝手に動いたといった方がいいだろう。

慌てて準備をして、家族に泊まりで出かけるとメモを残して家を出た。

それが、昨日。

そして今、住み慣れた街へ戻る列車の中にいる。

ふと、足元に置いた自分の土産が入った保冷バッグに目をやる。

よく持ってきたと多少自分を褒めつつそれをひと撫ですると、

思わず口角が上がった。

いいものが手に入ったなと思う。

問題は、どう保たせるか。駅に着いたら、近くの家電量販店に行こう。

先程抱いた不安は、もうすっかり無くなっていた。


久々に来た街では、多くの人が行き来している。

この街なら、ちっぽけな自分一人くらい余裕で隠してくれるだろう。

何をするでもなく、ただ歩き続けた。

人の多い横断歩道で肩がぶつかりそうになり、急いで横にずれる。

勢いで揺れるバッグから、無意識に詰めたバッグの中身がガチャガチャと

音を立てた。


そろそろ足も疲れてきたなと顔をあげると、日も沈み至る所でライトが

輝き始めている。

お腹も空いてきたので、ふらりと入ったハンバーガーチェーンの隅の方で

今夜はどうしようかと考える。

バッグの中身も使ってあげないと…、

「あっははははははは」

突然の高笑いにびくつきながら、眉をしかめる。

声のした方を見ると、かなり離れた先のテーブル席で派手な服装の女性や

男性数人のグループがこれからどのクラブへ行くか話している。

耳が馬鹿になっているんじゃないだろうか、騒音張りの大声が店内に響く。

騒音は思いのほか突然終わり、男女グループが大移動を始めた。

グループの中の女性二人が、こちらをちらちらと眺めながら歩いていく。

「…綺麗な顔。え、女の人?」

「いや、それにしては背が高そうだし、男じゃない?」

「いや、やっぱり女だよ。ジェンダーレス女子。」

やっぱり、耳が馬鹿になっているらしい。

本人たちは小声のつもりだろうが丸聞こえだ。甲高い声で、

きゃあきゃあ言っている。

さっさと、行ってくれないかなぁ。

聞こえないふりで無視を決め込むと、仲間に呼ばれた二人が階段を下りていく。

これで、自分の世界に没頭できる。

スマホを手にマッチングアプリを開いてみる。

そこから、しばらく相手を探してみたがピンとこない。

そもそも、人に興味が無いからピンとくる訳がない。

もちろん、性的な興味もない。

このアプリだって、気まぐれで入れてみたもので見たのもはじめてだ。

スマホで時間を確認すれば、もうすぐ二十二時になろうとしている。

随分とここで過ごしてしまった。

さて、どうしようと頭を悩ます。先程のグループの会話が思い出される。

「クラブ行って、飲んで騒ぐ…」

たしか、そんな話をしていた。

爆音苦手だし、あまり好きな雰囲気じゃないけど、一人で居ても

不思議じゃないかもしれない。

スマホで検索すると、何ヵ所か出てきた。

その中から、一軒を選び場所を確認する。

ここから歩いて十分程度の距離。近くにホテルやラブホもあるようだ。

トレーをゴミ箱に置いて店を出る。

夜も更けて、昼よりは人通りが少ないとはいえまだまだ騒がしい。

早足気味に目的地へ進めば、段々と期待感が高まるのを感じる。

バッグを肩に掛けなおすと、また中身がガチャガチャ騒いだ。

「ちゃんと使ってあげるからね。」

そう呟いたら、目的地のビルが見えてきた。

店は地下にある。

下から微かに響いてくる重低音の振動に覚悟を決めてゆっくりと階段を下りた。

コインロッカーに荷物を預け、入り口で待ち構える店員にお金を支払う。

「盛り上がって来たよ。楽しんで。」

妙に人の良さそうな店員に頷くだけの返事を返して、黒くて重い扉を開ける。

扉の先には爆音と薄暗い中歓声を上げ踊る多くの人間たち。

暗闇に視界を奪われつつ、ゆっくりと中へ進んだ。

ドリンクを注文し、壁にもたれて中を見渡す。

滅多に来ない場だ。興味はないが、しばらく人間観察をしていよう。


深夜の零時を過ぎた。さすがは、土曜の夜だ。

店内は一気にすし詰め状態となった。

これは、歩き回るのも難しいな。少し人にも酔って来ていた。

諦めて出るしかないかと思い始めた時、人ごみの中から視線を感じた気がした。

顔を上げて見るものの、やはり暗くて分からない。

歓声が響き渡り、耳も精神もそろそろ本当に限界を迎えそうだった。

一つ大きく息を吐出して、俯く。

仕方ない、店を出てカプセルホテルにでも泊まろう。

覚悟を決めて顔を上げると、男が目の前に立っていた。

ビールの入ったプラスチックのカップを一気に飲み干すと、

リズムに合わせてステージに背を向け見せつける様に踊りだす。

一緒に踊ろうというように手を差し出されるが、小首を傾げて見返した。

踊る気がないと分かると、少し苦笑して耳元に顔を近づけてくる。

「一人? 楽しくないの?」

「楽しくはない。本当は、こういうところ苦手だし」

「そうなんだ? じゃあ、二人で静かな所に行く?」

ステージに向けて話していた顔を男に向け、じっと数秒間見つめ続ける。

負けたのは、男の方だった。目を閉じて、肩にもたれかかってくる。

「ねぇ、お願い。ホテル、行こう。」

言葉で返事をする代わりに、片手を背中に回してぎゅっと力を込めた。

「いいの? 嬉しい。」

肩に顔を埋めたまま、男が呟く。

「行こう。」

呟いて体を離すと、男が嬉しそうに手を繋いで出口の方へ歩き出す。

辛い思いをして待ったかいがあった。

隠れてにやけながら、コインロッカーからお互いの荷物を取り出し

ホテルへ向かった。


「はぁ、はぁ、はぁ…」

シャワーの水が、まるで靄のように広がる血を流していく。

部屋に入るなり抱き付こうとしたから、シャワーを浴びてからと言い聞かせる。

「一緒に」と全裸で棒を上に立たせたままお願いしてくる男に、

「直ぐに行くから、先に入っていて」

と、背中を押して風呂場へ向かわせた。

服を脱いで、バッグの中を覗き込みガチャガチャ言っていた数種類の中身から

お気に入りの包丁を取り出す。

「お待たせ。今日は、初めての物を切るよ。」

笑顔で語りかけると、包丁も嬉しそうに光った気がした。

風呂場のドアをゆっくりと開け、シャワー音でも分かるよう荒めに閉める。

振り向いた瞬間、間髪入れずに腹を数か所刺した。

男が腹を押さえながら、膝から崩れ落ちていく。

暫くシャワーを浴びさせて、胸に手を当ててみるが動きはなかった。

シャワーを水に変え、体に当てながら、包丁を首元に持って行った。


解体は野良猫で何体か練習していたから大丈夫だろうと思っていたけれど、

首を切り離すだけでも思いのほか大変だった。

何度も何度も往復させ、骨を叩いた。疲労感が、逆に心地よい。

お気に入りの大きな包丁の刃が、少し欠けていた。

残念に思いながらも、タイルに転がる首の断面がなかなか綺麗なことに

満足していた。

念願の初体験。どれだけ待ち望んだことか。

包丁と二つになった体を綺麗にして、少しぬるめの湯に調整して自分の体も洗う。

一度風呂場を出て、包丁を備え付けのタオルで巻いてバッグにしまう。

保冷バッグを手に風呂場へ戻り両手で頭を持ち上げると、濡れて額にへばり付く

前髪の奥で半分だけ開いた瞼の中の瞳と目が合った。

下を見れば、クラブで酔っぱらって踊りまくっていた胴体のみが仰向けで

横たわっている。

さっきまでこちらが引くくらい立ち上がっていた棒は、萎れて小さく垂れさがる

だけ。

なぜだろう、滑稽に思えて笑いそうになる。

保冷バッグに頭を上向きに入れて蓋を閉じ、ベッドまで歩いていく間保冷バッグが大きく揺れる。

中でゴロゴロ転がって動き回っているようだ。

あとで、氷を買って固定しなきゃ。

服を着て、保冷バッグと包丁類が入ったバッグを持って、もう一度風呂場へ向かう。

「ある意味、運命の出会いでしたね。楽しかったですよ。

さようなら、胴体さん。」

フロントに一人で部屋を出る旨を伝えると、暫くしてドアからカチャリと

鍵が開いた音がした。

ドアを開けて廊下を進む間も、保冷バッグを揺らす動きを感じて微笑んでしまう。

ホテルを出てすぐコンビニへ入り、ロックアイスの袋とコーヒーのペットボトルを購入した。

コンビニのトイレを借りて、保冷バッグにロックアイスの袋を詰めていく。

綺麗に固定されて、動くことはない。

「大人しく、しているんだよ」

再び蓋を閉めて、コンビニを出ると雲が多い物の空が白々と明るくなってきている。

始発までまだ時間がある。

一先ず、駅まで歩くことにする。人通りが少なくて、気持ちがいい。

駅前のバス停のベンチで時間を潰すことにする。

コーヒーを一口飲んで、ほっと一息ついた。

疲れもピークで眠いはずなのに、興奮が収まらなくて眠れる気がしない。

膝に乗せた保冷バッグを撫でながら、大都市が徐々に目覚めていく様子を眺める。

車の量が多くなり、歩く人もまばらに見えだした頃駅のシャッターが開いた。


始発で地元に戻って来たものの、家電量販店で買い物をして家に着いたのは昼過ぎ。

「ただいま」

と声をあげ玄関に入ると、母親が今から顔を覗かせた。

「おかえりなさい。珍しいわね。あなたが、泊りで出かけるなんて。」

「うん、たまにはって思って。」

「あら、それ、どうしたの?」

明らかに多い手荷物に、視線が集中している。

「ああ、今度会社で飲み会久しぶりにするかもしれなくて。その景品。」

「そう。お昼は食べたの? 何か、作る?」

「いや、少し疲れたから昼寝する。」

それだけ言って階段を上ると、下で居間のドアが閉まる音がした。


部屋に戻り、冷凍庫の梱包を解くとクローゼットに隠す様に設置する。

電源を入れると、ブゥンと小さく振動して冷凍を始めた。

保冷バッグを引き寄せ、戦利品を冷凍庫に移動させる。

まだ、形を保った氷たちを一つ下に入れてやると、真上を向いて綺麗に収まった。

初めて自分の手で解体した人間の頭。

そっと閉じて、あやす様にポンポンと手を乗せた。

ベッドに横になると、急に睡魔が襲ってくる。

最高の休日だった。こんなに楽しい過ごし方があったのか。

明日から、また仕事だ。でかい欠伸を一つ。

次は、どの部位を解体しようか。綺麗に素早く解体するには、あと何回必要だろう。

ブゥンと響く音を子守唄に、最高に幸せな昼寝を堪能することにした。

今度は、いつどこへ行こうかと考えながら。

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